特別編 freedom of pure heart
 その話が持ち上がったのは17歳の誕生日。
 早いのか遅いのか、けれど王族で生まれた身。いつかは、と理解していた。






 開けられた扉から姿を現した男は20歳を超えていると聞いていたが、とてもそうは見えない、子供の面影を残していた。
 歩み来る足取りは軽やかだがしっかりとしていて、気品をも感じさせる。
 用意されていた席に着くと、男は微笑んだ。

「はじめまして。ミキト=キョウエン=ヴァイスです」
 白い肌に、肩口で切り揃えられた金がかった薄い茶の髪と深い緑の瞳が印象に強く残る。――すぐ隣には、当然のように褐色の肌の青年が一礼して控える。

 彼と向かい合わせの席で彼女も微笑んだ。
「はじめまして。サリクス=コルトックです」
 薄い金の髪をふわふわさせ、青い瞳に彼の姿を映した。


 ヴァイスの第一王位継承者ミキト

 コールダリィの第五王女サリクス


 今日は二人が初めて顔を合わせるために設けられた席である。
 すでに婚約はしていた。親同士が決めた、形だけの。
 反対する者は特になかった。当人の二人が反抗しなかったため、本人がいいのなら、と。何せ相手が歴とした王族であったから。

 これまで交流の盛んでなかった国、ヴァイスの王子ということで、大臣やその場にいた者は皆して緊張していたが、 少し話をすると、その緊張も次第に解けていった。自国の王子らと何ら変わらぬ青年だと知って。

「それでは後はお二人で。ミキトさま、ごゆっくりなさって下さい」
 皆が立ち上がり、外へと出て行く。ミキトの隣にいた青年も、主と視線を交わした後に扉の向こうへと姿を消した。
 他国で主を一人にするのは心配であろうに、側近だという彼はそんなそぶりを見せず。

「サリクスさま。私も外へ出ております。お呼びになればすぐ参りますので」
 ずっとサリクスの傍に控えていた男が彼女の耳元で告げる。歳はミキトより上だろう。その腕を細く白い手が掴む。水面のような瞳は、思った通り、揺れている。

「ダメよ、ハンス。ここにいて」
「すぐ近くにおりますから」
「嫌よ。ダメ」

「サリクスさま……」
 ハンスは困ったように笑う。妹を見る兄のような、娘を見る父のような、優しい眼差しで。

「あなたはもう子供ではないのですから。大丈夫ですよ」
 言い聞かせるように額に口付ける。そうしてミキトに向かって頭を下げ、扉の外へと出て行った。

 正直な気持ちとしては二人きりにするのは不安だろう、とミキトは思う。――王族とはいえ、相手がどんな無礼を働くかわからないのだし。
 ミキトとて他国の王族にそんなことをすればどうなるか、とんでもない大問題になるだろうとよく知っていたし、それを承知しているからこそ、大事な王女との時間を許したのであろうが。
 とはいえ、彼の様子を見たところでは、不安でたまらないといった風であったが。


 不安そうにハンスを見送るサリクスに、ミキトは軽く微笑んだ。
「あの方は?」
「私の……世話係と言うのでしょうか。幼い頃から勉学を始め、何もかもを彼に教えてもらって。……自立しなくてはと思うのですけど、彼がいないと、不安でしょうがなくて」
 はにかむように笑うサリクスを、可愛らしいとミキトは思った。






 その日の夕食の席では、すでにサリクスとミキトは打ち解けていた。
 仲良く談笑する姿は誰の目にもお似合いであった。歳も比較的近く。


 そして翌日。

 前日二人にしたことでよい結果が出たため今日も、と取り計らった人々であったが、気付いた時には遅く、二人の姿はなかった。
 慌てふためく大臣を始めとする皆を見ながら、なんだかなぁとハンスは思う。

 城を抜け出してのお忍びデートだとあらかじめ知っていた――それに加え、手伝わされた――彼にとっては、この場にいないことよりも城下で何か問題を起こしはしないか、巻き込まれはしないかと、その方が心配だった。
 何しろ二人とも高貴なる方々であるのだから。もっとも、ハンスと同様に抜け出す手助けをしたミキト側の人間、コウキは「ミキトさまは慣れてらっしゃいますから」と涼しい顔をしているが。

「ハンス! サリクスさまは――」
「捜索中です!」
「そ、そうか……」

 何か尖った調子のハンスに、尋ねた者は一様にそそくさと離れる。気圧されたかのように。
 何人も何人も同じことを聞いてくる。そして自分は同じことを答える。こうなるとわかっていたのに―――苛つく。





 一方、城下の尊き御仁は――


「これなどお似合いですよ」
 日の光に輝く髪を惜しげもなくさらした整った顔の青年が、道端に出た店の台の上から取り上げた半透明の桃色の髪留めを、傍らに立つ娘に示す。
 長い髪を包み込むように布を頭に被った美しくも可愛い娘は、少し頬を紅潮させて、さらににこりと笑う。
「可愛らしいですね。色がとても綺麗」

 店主は青年の言葉を受け、幾らかの硬貨と引き換えに髪留めをそのまま手渡した。……ここらでは包まぬのが当たり前なのだ。
 そして青年から手渡された少女は、はにかむ。
「ありがとうございます」

 ミキトとサリクスは、まるで仲の良い兄妹のように街を歩いた。
 他国の王子は知らぬ国の様子を楽しんでいたし、それ以上にサリクスもまた楽しんでいた。自国ではあるが、外を歩き回るなどそう出来ることではないのだ。

 ――純粋に楽しんで、心から笑ってくれている。

 それがミキトは嬉しかった。
 立場や凝り固まったカタチに囚われれば忘れてしまいそうなもの。



 現に自分は今、本当に笑えているのだろうかと不安になる―――――












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