コールダリィのロイジャー=ナンドス公爵は、一人の少年を養子に迎えた。
この少年は、一週間ほど前に仕事での出先の浜辺で彼が見つけた子供だった。
珍しい真っ白い髪と、宝石のように真っ赤な瞳を持つ、見たことのない格好をした、
そしてそれまでの記憶を失っている、そんな少年だった。
「ブレス」
「はい、なんでしょう、ナンドスさま」
少年は丁寧に応えた。その様子に僅かに眉を動かし、こちらもまた真面目な顔で返す。
「お父さん」
「はい?」
「父さん。パパ。父上。親父。……親父。いいねぇ」
公爵は一人、何が楽しいのか笑った。ブレスは固まってしまう。
「お父さん。と呼んでくれた方が嬉しいかな。わたしは」
「お、とう、さん……?」
そう、とニカリと笑う。
「親父でもいいぞ。って言うか寧ろ親父がいいな。貴族らしくなくていい感じじゃないか」
固まったままのブレスにお構いなしに、ロイジャーは愉快そうに笑った。
――よく笑う、変わった人。それが、ブレスの中での父ロイの最初の印象だった。
ロイジャーは公爵とはいうものの、貴族らしくはなく、ただ一人の騎士、といった方が合っていた。
国王陛下直属の、専属の、騎士。
ブレスは鍛えられた。勉学を叩き込まれ、武術を学んだ。
そして何より、ロイジャーは喋り方を変えさせた。
最初のうちはなかなか変わらず丁寧な言葉遣いだったが、次第に砕けていった。
「いいとこの坊ちゃんだったのかねぇ」
自分こそが"いいとこ"の育ちなのにおかしなことを言う、とブレスは思ったものだ。
「レイナさま。アイラさま」
騎士として力をつけ、ナンドス家子息として周囲に認められだした頃、ブレスはロイジャーに二人の少女と引き合わされた。
ロイジャーの仕える国王フリッツの娘、第六王女レイナと第七王女アイラだ。
「ブレス、お前にはこのお二人のどちらかの護衛となってもらう」
まだ本当に幼い少女たち。7歳と4歳だという。
どちらでもいいと言うブレスに、ロイジャーはうーんと考える。
「そうだな……ブレス、お前が決めなさい。わたしは関与しないから」
「と言われても……」
どちらでも、何でも、別に、と答えることの多い我が子に、ロイジャーはそう返すことが多かった。
変わってきたとはいえ、自己主張をしないところはそのまま。もしかすると、ずっとそうだったのかもしれない。
小さな小さな少女は可愛らしく小首を傾げる。
「だぁれ?」
ロイジャーが紹介をしていたのだが、まだ幼い少女には難しかったのか、理解出来なかったようだ。
「うさぎさん?」
「………」
白い髪に赤い瞳。――確かに。
「う、うさぎっ」
吹き出し爆笑するロイジャーに、きょとんとするアイラ。
「ブレス。お前の名前、ララヴィアにしとくんだったか」
笑いながらのロイジャーの言葉に、意味がわからないものの、なんとなくブレスはムスッとした。
後で聞いたところ、昔の言葉で"可愛いうさぎさん"ということだった。
ひとしきり笑ったロイジャーは、愛しい息子の肩に手を置いた。
「よしブレス。お前アイラさまに仕えろ」
「は?」
「アイラさまがいい」
「親父……関与しないんじゃなかったか……?」
呆れたような声に、ニカリと笑って答える。
「気が変わった」
「……早すぎるだろう……」
今度こそ本当にブレスは呆れた表情で息を吐いた。
柔らかな髪をした幼い姉妹。にこりと笑んだレイナがアイラの背を軽く押す。
光を受けて煌めく髪と草原色の瞳の少女は、わかっているのかいないのか、無邪気に笑った。
――この子が、主。
ブレスは膝をつき、頭を下げた。
「どうしたの?」
穏やかな昼下がり。いつものように皆で過ごすお茶の時間。
バルコニーの手すりに腰掛け外を眺めていたブレスは、掛けられた声に顔を向ける。
「なんだか楽しそうだったから」
声に出したわけでもないし、表情を変えてもいないのに、アイラはそう言って笑う。
「……親父のことを思い出してた」
「ロイおじさま?」
懐かしい名前に、小さな頃よく遊んでもらったことを思い出す。
父の騎士、そして親友でもある、その人。
今は国王専属騎士という仕事を辞め、自らの敷地内で若い騎士たちを育てているらしい。
「そういえばおじさま、お元気かしら」
「さぁな」
「んもう、ブレスってば。さぁなじゃないでしょっ、あなたのお父さまじゃない」
『 拝啓 ロイジャー=ナンドス殿
……なんて書いたら怒るんだろうな、親父は。
元気か?
主にたまには手紙でも書けと言われたんで書いている。
俺は相変わらずアイラを怒らせてばかりいる。
さっきも親父のことを思い出したと言ったら元気だろうかと言われ、
さぁと答えたら――――― 』
「ブレス〜?」
腰に手を当て、睨むように見上げてくるアイラ。
ブレスは気付かれないほど微かに笑む。
「聞いてる」
俺は今、親父に拾われたことを心底感謝したいと思う――。
NOVEL