番外編 証
 ―――ふとした瞬間よみがえる
               あまりにも鮮やかな―――






 決して少なくない数の威勢のいい声が周り中を包んでいた。
 それもそのはず。ここには国に認められ、王族貴族に仕えるための騎士のほとんどがいる。
 コールダリィ城内、廉技場(れんぎじょう)。体を鍛え、技を磨く場所。



「レイシア……」
 ルークはためらいがちに少年の名を口にした。
 出会い、共に競う仲間となってまだ間もない。そして自分が指導役を任されている少年。

「はい?」
 今まで打ち合っていたため、息が乱れている。それでも笑顔のその表情はあどけない。
 まだ10にもなっていないのだから、当然と言えば当然だろうか。
 この場にそぐわないほど可愛らしく、少女のように笑う。


 ――幼い誰かの面影が重なる。


「……君、」
 視線が宙をさまよう。どうしようもなく、落ち着かない。
「王族か何か、とか……?」
「…………どうしてです?」

 肯定はしないが否定もしない。
 やはりそうなのだろうか。そんな想いが胸を占める。

「……いや……」

 ぎこちない会話。
 本当に尋ねたいのは王族かどうかではない。ただ、何か知っているかと思って。
 数年前に出会った子のことが知りたくて。気になって。この少年は、あまりに似ているから。


「あっ、アイラさま……!?」


 レイシアの声にはっと振り向くと―――確かに。
 ルークは片膝をついて頭を下げる。

 ――胸の鼓動が響く。己の脈を感じる。
 王女を前にしたからではない。その隣――

「そんなことしなくていいのよ、……ルーク?」
「は、はい」
「立って。今日はレイシアに会いにきただけだから。ね、メイファ?」

 はい、と応えた声は、知っているそれとは変わっていたけれど、やはり同じもので。
 顔を上げるのが怖かったが、アイラの顔を見て、視線を横へと移した。

 ――その少女はレイシアと同じ顔の造りをしていた。

 瞬間、立つことも忘れ、ルークは動けなくなっていた。
「あ、メイファはね、レイシアの双子のお姉さんなのよ」
 彼の様子を、似過ぎていることへの驚きと思ったらしく、アイラは言った。

 確かに、ルークは驚き戸惑っていた。

 けれど。



 夕日の中、泣きそうに微笑む幼い少女。



 ルークが立ち上がると、メイファは微笑んだ。
「こんにちは」
 その言葉に、あれっとアイラが首を傾げる。

「はじめまして、じゃないの?」
「ああ、はい、そうですね。……はじめまして」
「……はじめまして。ルークスティン・イレイクです」


 ――逢えた。


 不意に思い出す。最後もこんな風に微笑ってたっけ。













 城に上がってまだ間もない頃、幼い少女と出会った。
 その日の訓練を終えて宿舎へと戻ろうとしていたところ、中庭に面した回廊をふらふらと彷徨うように歩く小さな子供を見掛けた。

「何をしてるの?」

 まだ遠目にしか見たことのない王女たちととてもよく似た服装をしていた。
 振り向いた少女は、細い金の髪を揺らし、優しく微笑んだ。


 ――なんて綺麗に微笑うんだろう。


 なんて切なく、なんて悲しげに。ルークは目を奪われ、同時に、涙が零れた。
 なぜかはわからない。わからないけど哀しくて。

「どうして泣くの? 大丈夫?」

 緑の瞳で覗き込む少女を彼は抱き締めた。
 何も考えられぬうちに伸ばした腕の中で、少女は戸惑いを見せた。
 自分の行動が自分でわからず、ルーク自身も戸惑いは同じだった。

 ……ゆっくりと離すと、少女はまた微笑んだ。
 その微笑みは、やはりまた彼の胸を締め付けた。
 初めて会ったその日は夜で、彼は逃げるように宿舎へと駆け出した。


 それから数日してそこへ行ってみると、ほとんど思った通りに彼女はいた。今度は昼間に。
 散々ためらった挙げ句、思いきって声をかけると、少女は笑った。
 気のせいかもしれない。前に会った時よりも現実味のある、親しく感じる笑みに思えた。

 その日から毎日、会えるようにと願いながら、その場所へと足を運んだ。
 いつもそこに彼女はいて、微笑んでいた。そしていつも、夕方になると別れた。

 ――交わすのは他愛ない言葉だけ。

 その少女が何者か、何を想って微笑っているか、ルークは知らずにいた。
 気にはなってはいたが、どうでもいいという思いもあって。……彼自身まだ幼く、はっきりしたことは本人にすらわからない。




 ある日、小鳥の死骸を両手に包んで、少女は無表情に呟いた。


『死んじゃうってわかってても生きなきゃいけないの……』


 言い聞かせるかのような呟き。誰に?―――――自分に。
 たまらなくなって、思わず抱き寄せ微笑んだ。

「いつかは死ぬのは誰だって、何だって同じだよ。だけど、死があるから生きるんだ。証を残すんだと思う。確かに生きていたんだって」

 祖父が亡くなり、死を身近に感じたのはついこの間。それは多くのことを考えさせた。まだ子供である少年にも。
 生前、死は必然であって怖いことではないのだと言った祖父。その意味が、わかったような気がした。

「……あかし。父さまと、母さまのあかし……」
 不意に泣きじゃくりはじめた少女を、ルークは強く抱き締めた。

 ――ああ。この子は辛かったんだ。ずっと泣いていたんだ。

 自分を偽って、微笑って。涙を忘れて、心で泣き叫んで。
 愛しいと思った。哀しいと思った。それ以上に愛しいと。抱き締めた。


 次の日、そこに少女はいなかった。次の日も、その次の日も。
 そのうち、一時家へ戻っての新たな修行が始まり、城を離れた。
 以来、忘れられないながらも彼女の手掛かりはなく……。












 日に日に腕を上げるレイシアを指導するのは楽しかった。
 まだまだではあるけれど、強くなろうとする気持ちは強く、それがあればきっと、と思わせる。

 そして、彼を教えていればメイファにもまた会うことが出来る。
 アイラと共に、毎日のようにやって来る。目的はレイシアなのだと知っているが、会えると、優しい気持ちが胸の中に広がって。

 少しずつお互いを知り、名が付けられるほどの想いになるのはまだ少し先のこと。

 ――いつか、彼女の哀しみを理解出来たら。

 来るかどうかわからない日を、少年は想う。

 そして。




 今の微笑みが続くように―――――。












NOVEL