第78話 黒の夢
 書類を抱えたメイファは司法執務室に向かって歩いていた。シルクかスフィアがいればいいのだけれど。


「メイファ」


 呼ばれて振り向いたメイファは微笑んだ。
「オルスさま。どうされました?」

「司法室にお使いに行くんでしょ。ついて行けって言われて。部屋戻ったばっかなのにさ、人使い荒いよね」
 軽く不満げに言うオルスに、メイファは笑みが浮かぶ。礼を述べ、再び歩き出す。

 廊下には光と陰のコントラスト。

「心配していただけるのは嬉しいのですけど、私はもうなんともないのですが……」
 日に日に差し込む光は温度を増している。とても気持ちのいい季節だ。


「メイファさ……」
「はい」
「オレを見た時、一瞬固まったよね」

 メイファの足が、止まる。数歩先を行ったオルスが振り向く。
「最近ずっとそう。オレじゃない何かを見て怖がってるみたいな」


 ――黒い髪が。


「……そんな、こと、は」


 視界を、思考を、染め上げる。


 押し寄せる波をやり過ごし、彼の瞳を見やる。……誤魔化しはきっときかない、そんな瞳。
 オルスが怖いわけでなく、その髪に何かを見るのでもなく、だけど"違う黒"なのに連想してしまう。


 ――その髪とは違う、漆黒の髪。


「夢、を……」
 夢を見る。何度も、繰り返し。

「甘くてあたたかいのに……苦しい……」
 泣くわけではない。けれど目が覚めると息苦しさを感じて。

「それは――」

 静かなオルスの声は、さらりと言葉を口にする。


「極東」


 ……抑えても、反応してしまうのだろう。自らの胸を押さえこらえるように目を瞑った。
 彼女の様子にオルスの口からは確信の呟きが続けられる。

「――に、関係あるんだ」
「オルスさま、みんなには……っ」
「ムリ」

 ――黙っていろだなどと、出来るはずもない。

 メイファの顔が苦しげに歪む。対するオルスは表情を変えることなく、いつも通りに話を続ける。他愛ない会話のように。

「そんな状態でいられると迷惑なんだよ。メイファがそんなだとアイラさまだってルークさんやレイシアだって、調子出ないでしょ」
 オルスの声には、責める響きなどなかったけれど。

「……すみません……」
「謝ることじゃないけど。その夢、はっきりさせてすっきりしよう、メイファ」









 ――近づいてくる気配が。

 誰かが自分を呼ぶ声。誰かが誰かを呼ぶ声。












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