第76話 雪はとけて花となる
 昨日突然降った雨が嘘だったかのように、雨が空気を洗浄してくれたかのように、澄んだ空が広がっていた。その下で、由梨は微笑って告げた。

「帰りますわ」

 急なことにアイラたちは驚いたが、彼女は国王に伝え昨夜から帰国への手配をしていたらしい。
 龍之介も同様に、常以上に身なりが整えられていた。

「まだあまり、お話も出来てませんでしたのに……」
「申し訳ありません。残っていると決心が鈍ってしまいそうなものですから」


 ――決心。


 由梨はそっと足を踏み出し、ブレスと向かい合う。

「雪彦……大好きでした」
 本来なら初恋の思い出として残るだけだったのかもしれない。それを、こんなに遠くまで来てしまった。 目の前にあった姿が消え、一人で勝手に想いを膨らませた。……けれどそれは幻だったのかもしれない。

「姫……」
「そんな顔をしないで。アイラさまを守り抜くのですよ」
 ブレスは黙って頷いた。何があろうとそれだけは約束出来るのだから。

 馬車へと歩み、由梨は振り返り微笑した。
「さようなら、雪彦」


 ――さようなら。


 今日、この瞬間、"雪彦"は消える。優しいあたたかな思い出とともに、眠りにつく。

「アイラさま、ブレス、皆様、お元気で」
 龍之介を伴い馬車へと乗り込んだ。――長い黒髪が揺れていた。
 馬車は全ての思いを断ち切るように勢いよく走り出す。

 そう長い間ではなかったけれど、問題などもあったけれど、また会えたらとアイラは思った。
 次に会えたなら、友人となれたらと、願って。

「いつか極東の国に行ってみたいわね」

 アイラが笑う。見知らぬ国に思い馳せて。

 国の皆が同じ色彩をしているという。気候が近いという。
 再会するその日を思いながら、城へと歩む。


 ――極東といえばわかるかい?


 黒い髪。

 黒い瞳。

 意思の強い、哀しい眼差し。


「メイファ?」


 ――ここに似ているよ。もっと湿度は高いけど。


 動きを止めたメイファをアイラは振り返る。
 メイファの瞳は彼女を捉えるけれど、視界に色がちらついて。

 黒。

 色が揺れる。影が浮かぶ。あたたかな腕。優しい声。


 黒い色は引き起こす。あなたを失った悲しみ。
 黒い色は痛む心。あなたが奪った、何より大切な。


「……めて……」


 黒が、色が、舞う。


「メイファ!?」
「メイ……!」

 頭を抱えた手は震え、瞳に映るものは――

 ぐらり、メイファの身体が傾ぐ。少し離れていたブレスたちが駆け寄るけれど。
 メイファは薄れゆく意識の中、一つの姿を見た。

「……にい、さま……」

 それが何であるか、彼らにはわからない。
 レイシアの腕に倒れこんだメイファは、すでに意識を手放していた……









 ――だいすきだよ、にいさま。












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