昨日突然降った雨が嘘だったかのように、雨が空気を洗浄してくれたかのように、澄んだ空が広がっていた。その下で、由梨は微笑って告げた。
「帰りますわ」
急なことにアイラたちは驚いたが、彼女は国王に伝え昨夜から帰国への手配をしていたらしい。
龍之介も同様に、常以上に身なりが整えられていた。
「まだあまり、お話も出来てませんでしたのに……」
「申し訳ありません。残っていると決心が鈍ってしまいそうなものですから」
――決心。
由梨はそっと足を踏み出し、ブレスと向かい合う。
「雪彦……大好きでした」
本来なら初恋の思い出として残るだけだったのかもしれない。それを、こんなに遠くまで来てしまった。
目の前にあった姿が消え、一人で勝手に想いを膨らませた。……けれどそれは幻だったのかもしれない。
「姫……」
「そんな顔をしないで。アイラさまを守り抜くのですよ」
ブレスは黙って頷いた。何があろうとそれだけは約束出来るのだから。
馬車へと歩み、由梨は振り返り微笑した。
「さようなら、雪彦」
――さようなら。
今日、この瞬間、"雪彦"は消える。優しいあたたかな思い出とともに、眠りにつく。
「アイラさま、ブレス、皆様、お元気で」
龍之介を伴い馬車へと乗り込んだ。――長い黒髪が揺れていた。
馬車は全ての思いを断ち切るように勢いよく走り出す。
そう長い間ではなかったけれど、問題などもあったけれど、また会えたらとアイラは思った。
次に会えたなら、友人となれたらと、願って。
「いつか極東の国に行ってみたいわね」
アイラが笑う。見知らぬ国に思い馳せて。
国の皆が同じ色彩をしているという。気候が近いという。
再会するその日を思いながら、城へと歩む。
――極東といえばわかるかい?
黒い髪。
黒い瞳。
意思の強い、哀しい眼差し。
「メイファ?」
――ここに似ているよ。もっと湿度は高いけど。
動きを止めたメイファをアイラは振り返る。
メイファの瞳は彼女を捉えるけれど、視界に色がちらついて。
黒。
色が揺れる。影が浮かぶ。あたたかな腕。優しい声。
黒い色は引き起こす。あなたを失った悲しみ。
黒い色は痛む心。あなたが奪った、何より大切な。
「……めて……」
黒が、色が、舞う。
「メイファ!?」
「メイ……!」
頭を抱えた手は震え、瞳に映るものは――
ぐらり、メイファの身体が傾ぐ。少し離れていたブレスたちが駆け寄るけれど。
メイファは薄れゆく意識の中、一つの姿を見た。
「……にい、さま……」
それが何であるか、彼らにはわからない。
レイシアの腕に倒れこんだメイファは、すでに意識を手放していた……
――だいすきだよ、にいさま。
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