どこかで鳥が、唄を口ずさんでいた。雨にもかかわらず楽しげに。
遠いのか近いのか、雨音が音を弾く。
押し黙ってしまったアイラに、静寂の隙間からブレスが言う。
「何故、泣く……」
泣き声も、すすり上げる音もなく、ただただ静かな中雨が響くのに、何故そう思うのか。
ドアに触れるような音がして、アイラは彼に触れようとするかのように手を伸ばす。
「ドアを開けろ、アイラ」
「……っ」
ふるふると首を横に振る。ドア越しにどうやって伝わるのか、ブレスが唸る。
「開けるぞ」
――彼はこの部屋の鍵を持っているから。
だけどドアは部屋の内側に開くのだ。
「……ダメ、無理よ。あたしが邪魔で開かないわよ」
鍵を持っていても、力が強くても、アイラがこの場を動かない限りブレスは無理に開けられないだろう。
何かの緊急事態でもあるなら別だろうけれど、ここでそういうことはまずない。
――珍しいブレスのため息が聞こえる。
それならばと動き出す気配。
「窓から入る」
「ちょっと、ブレスの身体じゃ窓が小さくて入れないでしょう……!?」
「いい」
「よくないってば!!」
窓はドアの直線上、つまり今はアイラの背後にあたる。そんなに大きなものでなく、子供か女性なら通れても、ブレスのような大柄の男性では出来るはずもない。
カタカタと風に揺られ窓が鳴く。
――どうして。
どうして彼はいつも踏み込んでくるのか。この心に。
「……ごめんね……」
「何故謝る」
「あたしは……あなたを困らせてばかりだわ……」
困らせたいわけではないのに。傷つけたいわけではないのに。
「あなたはあたしの騎士で、主のあたしの言うことにはもしかしたら逆らえないのかもしれない……。でもそんなことは嫌だから。言わないでいようと、思ってた」
気付いた時にはすでに主従関係だったから、そこに疑問を持つことはなかった。けれど"もし"と考えずにはいられないことはあった。
彼にとってアイラは主人だから、逆らえないもしくは受け入れられない、このどちらか……
「あたしは王女なの。だからこんなこと言っちゃいけないのはわかってる、けど……っ」
――由梨と並ぶブレス。
「ブレスが、誰か他の人の隣にいるのは、たまらなく、いたい……」
痛くて。痛くて。痛くて。
「耐えられなかった……っ!」
こんな気持ちを抱えているのは辛くて。笑顔でなんていられなくなった。
震える手で顔を覆う。それでも止まらない涙。
「アイラ」
「ごめん、こんな顔、見られたくない……今日はここ、貸して……?」
「ダメだ。……落ち着いたら、戻るんだ」
落ち着くまではここにいていいと、そう、言う。
さらさらと雨が降り、二人の空間を包み込む。
時間が経ったか経たぬかわからない頃、ブレスが口を開いた。
「アイラ……ドアを……顔が、見たい」
静まりかけていた胸が、また騒ぎ始める。とくり、とくり、音を立てて。
「俺はどこにも行かない。だから、俺の話を聞いて欲しい」
――顔を。
そういえばもう随分とちゃんと顔を合わせていないなと、急に思い出し、会いたくなった。
気付くとドアが開いていて、彼が、そこに立っていた。
「アイラ」
ブレスはアイラの前に片膝をついた。騎士の誓いをした時のように。瞳は真っ直ぐに見つめて。
「俺はアイラを愛している」
――愛している。だから傍にいる。傍にいたい。
「……嫌か?」
「……ううん……ううんっ、ブレス――」
アイラはブレスに抱きついた。ブレスの腕がそっと、彼女を抱き寄せた。
<< back
next >>
NOVEL