第73話 捧ぐもの
「アイラ」


 間違えようもない、この声は――ブレス。
 来たのだ、わかったのだ、見つけたのだ、ここにいると。
 アイラはそっとドアに近づいた。

「アイラ、俺には見つけられたくなかったか……?」

 いつもとはどこか違う声音に感じて、黙っていようかとも思ったのに、呟くように口を開いていた。
「……どうして」
「あの書き置きに、探すなと」

 ――それは、見つける見つけないの前に、探してくれるのかを信じたくて。

 ドアの前に座り込み、でも、とアイラは続ける。
「でもあなたは探したのね。何故?」
 声が、震えてしまわなかっただろうか。ぎゅ、と両手を結んで答えを待った。

 自分でも改めて考えているのか、束の間の沈黙。
「探すべきだと思った」

 ――探してほしいから、探すなと書いた。
 やはり彼には伝わってしまう。良くも、悪くも。
 けれどブレスは今の言葉を訂正するように、息を吐く。

「いや、見つけたいと思った。俺が」
 これは……そう言って欲しいと、願ったからくれる言葉なのだろうか。


 ――もう、いいと、思った。


 零れそうな涙を堪え、微笑を形作る。

「行くの、極東へ? 行きたいなら行けばいいわ。あたしは別れの言葉なんて言わないけど」

 彼は彼であって、彼の意思があるのだ。だから。

「優しい姫さまと、頼もしい仲間と、行けばいいんだわ。見送ったりなんてしないけど」


「行かない」


「――っ」
「俺はアイラを守ると誓った騎士だ」

 ――身も命も、捧げるように。守ると。
 何があっても、どこにいても、守り抜くと。

 だけど――誓いなんて。

「……取り消せるものだもの」
「俺は自分の意思で傍にいると誓った」
「気持ちなんて、何がキッカケで変わるかもしれない、そんなものよ」

 いつかいなくなってしまうのなら、今ここで、自分から見送りたい。

 けれどブレスは否を唱える。


「変わらない。アイラがいてこそ、俺がいる」


 ――ブレス。


「俺はもう、必要ないのだとしても」


 弾かれたように顔を上げ、アイラは反論する。


「何よ……必要ないのはあたしでしょ!?
 離れれば、あたしなんかを守らなくてもいいのよ……?」


 揺れたのはアイラ。ブレスの過去に怯えた。彼を失う未来を恐れた。
 見ていられなくて、彼を遠ざけた。それが……彼にはそう見えたのか。


「この手で守りたい」


 言葉が、声が、しみこんでくる。――けれどよぎるのは、あの時のこと。

「……守ってくれなかったじゃない……」

 賊に襲われて、怖くて、名を呼んで、助けを求めた。だけど彼は――姫、を、守って。
 恐怖が、叫び出したい心が、ぎしりと音を立てた。

「アイラ、あれは」
「わかってる! 考えればわかるわよ!!」

 自分には守って戦ってくれる者が他にもいる。だからこそなのだと。
 けれど心は、気持ちは、胸は、痛んで止まない。

「だけど、でも、あたしはブレスに守って欲しかった……!」

 ぼろぼろと零れていく。その人を求めて。

「アイラ……?」
「わからないわよ……あたしにだってわからない……」
 自分が自分でなくなる。こんな感覚なんて知らない。



 ただ――







「……好き、だから……」












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