由梨の言葉に、ブレスはしばし動きを止めた。外は明るく、小さく鳥が鳴く。
――記憶がなくても傍にいてほしい。
濡れた瞳で見上げ、ぬばたまの髪を揺らす。
「……申し訳、ありませんが……」
瞳を直視することが出来ず、伏し目がちに口を開く。そんなブレスに由梨は慌てたように微笑う。
「答えは今すぐでなくて構わないの。時間はあるのだもの」
「いえ、私の答えは決まっていますから」
はっとする由梨からブレスは数歩退き、一つ呼吸をした後、真っ直ぐに視線を合わせた。
揺るがない強い瞳――
「俺はブレスだ。記憶がないことはもう、そんなことは構わない」
それは、由梨にとっては"彼"の存在を否定する言葉。
「ユリ姫、俺は本当に姫の臣下だったのかもしれない」
記憶はない。感じるものも、ないと言える。けれど姫の瞳が。
――黒い、真っ直ぐに澄んだ瞳が。
そこに映る自分は、彼女の言う"雪彦"なのだと思わせる。
真偽はわからないものの、彼女はそう信じている。……確信している。
――だけど。
「だが今はアイラの騎士だ」
コールダリィ第七王女アイラ直属護衛騎士隊長、ブレス=ナンドス。
全ては養父に拾われたところから始まった。それがブレスの人生。
彼の中でただ確かなのは、そうして生きてきた事実。
家族、仲間、主、彼らがいるから、そう思っていられるのだろう。
「俺はそれで充分なんだ」
そっと囁くようにメイファは問いかけた。
「ブレスさまのお決めになったことに従うのですか……?」
「……わからない……」
自分の気持ちがわからない。……違う、わかっている。わかっていながらわからないのだ。
彼を想うほどに、考えるほどに、答えが出てこない。考えがまとまらない。
わからない。出来得る限りのベストな結果があればいいのに……
勝手に涙が浮かぶ。泣きたくなんてないから目を瞑るのに、いろんな景色が、よぎって消えて、繰り返して。
出会いをはっきりとは覚えていない。おぼろげに赤い瞳を覚えている。
大きな手が、腕が、背が、守ってくれた。――ずっとみんなでいたいのに。
――彼の出す答えが、怖い。
信じていた、信じたい想いが、霞んでいく。
胸の前で両手を組み合わせた由梨に、ブレスは肩膝をついた。
「私は、王女アイラに忠誠を誓った騎士です」
命をかけて守ると宣言した。必ず生き抜くことを条件に受け入れたアイラ。
彼女の騎士となった時に、彼女の成人の儀に、誓った。
「雪彦……」
もしも幼い日を思い出したとしても、貫き通すだろうと思える。貫ける。
「だから私は姫とともには行けません」
彼女の為にここにいるから。
「ブレスにはもうあたしなんていらないんだわ。
それでもあたしは……ブレスがいてくれなきゃ……」
「たとえ彼女が必要としなくとも、私は守って生きたいのです」
<< back
next >>
NOVEL