扉をノックされ、書物をめくっていた手を止めた。
はいと応えると聞こえてきた声に、彼女は顔をほころばせて走り寄り開いた。
「今日もあなたが来てくれたのね、雪彦」
黙って頷く様子に由梨は微笑むが、ブレスの表情は変わらない。
「王女は今傍に私を置きたくないようですので」
「そう……なのかしら? でもあなたと話せるのはとても嬉しいわ」
龍之介を外に残しブレスを部屋へ招き入れる。勧める椅子にも腰を下ろさぬ彼に
軽くため息を吐きつつ自分のために椅子を引き座った。
「ねぇ、少しは何か、思い出してくれたかしら」
「……いえ」
「そう……じゃあわたくしのことを少しは想ってくれるようになった?」
「……」
どこか申し訳なさそうながら頷くことのないブレス。由梨は寂しそうにため息を吐いた。
「ねぇメイファ……」
ぼんやりとベッドの上でクッションを抱えたアイラが呟くように声を掛ける。
刺繍をしていたメイファは机にそれを置き、アイラの傍、ベッドへと腰掛けた。
「あたし、どうしたらいいのかしら……」
どこを見るともなく見つめる瞳。
「ユリ姫の元へやった方が幸せなのかもしれない。そう思うのに」
ゆるゆる揺れる瞳から、じわりと涙がにじみ出る。目頭を押さえるようにクッションに押し付け息を吐き出す。
一緒に何もかもを吐き出してしまえたらと思う……。
「嫌な人間だわ、あたしって……」
堪えるように震える肩にメイファはそっと手を伸ばす。
「アイラさま、ご自分のお気持ちを大事にして下さい。ブレスさまと、お二人のお気持ちが、大切なのだと思います」
「……ブレスの気持ちなんて、わからないもの……」
近くに感じられていたのが嘘みたいに、掴めなくて。
「それに、ユリ姫は……」
「ユリさまのお気持ちも大切です。ですけど私はアイラさまとブレスさまに笑っていてほしい。
皆が納得出来る答えなんてないのかもしれないけど……」
――大切な人が笑っていられるなら、他のことは構わない。
ブレスと雪彦が別人であればいい、そう願いながら、叶わぬことと感じていた。
「野盗から守ってくれて、とても嬉しかった」
「彼女を守る姿を見て、馬鹿みたいにショックを受けたの」
あの時、オルスは手当たり次第に敵を倒していき、レイシアとルークはアイラとメイファを、
龍之介とブレスは由梨を、守って戦った。
客人である姫をアイラの護衛隊長であるブレスが守るのは、当然といえば当然のことと言えた。
主の客。そして主には頼もしい仲間がついているのだ。
いざとなればオルスはアイラを守るために由梨を見捨てることもするだろうし、メイファも魔導の力を用いて前へ出るだろう。
――そう判断しての行動だった。
「わたくしの雪彦だと思えた……」
「理解出来るのに、それなのに……っ」
「思い出せなくても構わない。雪彦、わたくしの傍にいてほしいの」
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