第66話 過去より遠く
 傷みを受けた瞳で駆けるように遠ざかるアイラの背を、何も言わず見送るブレス。
 二人の間の、見える距離も見えない距離も、広がる。

「アイラさま……」
 呟いたのはオルス。メイファとレイシアが名を呼んで後を追って駆けて行く。

 足早にどんどん進むアイラを二人が止めたのは、幾つもの角を曲がってからだった。
 赤なのか青なのか白なのか。判断出来ない顔色で壁にもたれかかる。
 心配そうなその表情も目に入らない。震えるのは瞳、身体、心……


「――勝手にどこへでも行ってしまえばいいんだわ、ブレスなんて」










「ブレス」
 メイファとレイシアに続きオルスが追って行き、ルークは友の名を呼ぶ。
 それだけで伝わる。お前は追わなくていいのか、と。けれど彼は微かに首を振る。

「行ってくれ」
「だが……」
「来るなと言われている」

「それは昨日の……っ」
 昨日の王女と姫君の対面時に出された言葉を、今日も続けると言う。
「……わかったよ」

 正直、ルークはブレスを馬鹿だと思う。けれど、わからなくはない。
 自分に関することで拒絶された、否定された、ようで。近づきたい、けれど近づけない。
 己の気持ちだけではなく、今は二人がともにいても気まずい空気となるだけかもしれず……

 軽く息を吐き、ルークは由梨に礼をとりその場を離れた。


「可愛らしい方ね、アイラさまは」
 微笑して由梨はブレスの現在(いま)を少し、思った。
「他の方たちも、とてもいい方なのね」

 波打つように、さざめくように。ざわめく。

 ブレスにとって過去から現在、それは全て仲間たちと共にあった。記憶そのものといってもいい。
 そして現在から未来もまた、そうなのだろうと思っていた。


 ――訳もなく、信じるように、思っていた。


 突然現れた、過去。自分にとって過去よりも過去……


 由梨はにこりと微笑む。
「雪彦」

 固まってしまったかのような雪彦――ブレスに、彼女は幼い日々を想う。
 人に囲まれながらも一人だった己と、他人と異なる容姿のために疎まれ独りだった彼と。共に在ると落ち着いた。

 桜の木が多く植えられた場所で、よく城を抜け出して遊んだ。
 遊んだといっても、二人並んで空を見上げたり、他愛ない話を交わしたり、紙折りなどの簡単で可愛らしいものだったけれど。
 そして今考えると、家臣の子だった彼は、断ることが出来なかったのかもしれないけれど。

「雪彦、姫のお言葉に返事くらいしたらどうだ!」
 ずっと口を開かず由梨の背後に控えていた龍之介が声を荒げた。
「いいのよ、タツ」

 薄紅の花びらが見守っているように舞う。

 ふと思いついたように、そうだ、と由梨が微笑う。

「ねぇ、お花見を皆で致しませんこと?」












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