アイラの案内で由梨姫と彼らはコールダリィ城内を歩き回っていた。
広間から応接室、一応ということで王族たちの私室の場所まで。
「雪彦、ねぇ雪彦」
静かにゆったり、けれど軽やかな足取りは由梨の心を表しているよう。
その先にあるアイラの姿からは全く違う空気が感じられる。
「ここは国とは違って過ごしやすそうなのね、雪彦」
気温を、風を感じ、由梨は微笑んだ。
彼女の国は、季節としてはコールダリィと変わらないものの、湿度などの関係で、肌に感じるものが違っているのだ。
「雪彦は今何が好きなのかしら。わたくしはね、」
歩いて歩いて歩いて。広い城の中を一行は行く。
説明するアイラの声、補足するメイファの声、それと……ブレスに掛けられる由梨の声。
彼女たちの声が不自然に混じり合う。
回廊を行き庭に差し掛かった時、由梨が足を止めた。
「あら雪彦、こちらにも桜が咲いてますのね」
視線の先に舞う花弁。はらりはらり、風に揺られて散って舞う。
桜の木を見つめながら由梨は言う。
「桜の木の下で、二人で遊んだことを思い出さない?」
養父に出会うまでの記憶がないので、当然ブレスには答えようがないのだけれど。
「ユリ姫、あたしの話を聞いて下さっていますか……!?」
静かに、けれどいつになく強い口調でアイラが問うた。そのことに由梨の世話をするようにと
付き従っていたホーリスは一瞬身を固くして主の様子をうかがった。
けれどそんなアイラの感情に気付いた風もなく、そこでやっと気に掛けられていると気付いたように、由梨は微笑した。
「申し訳ありません、アイラさま。ご説明はきちんと聞いていましてよ。
ただ雪彦がいることに浮かれてしまっているようで……」
「ユキヒコユキヒコって……っ」
アイラの体が震える。
「ここにいるのはブレスです! そんな名前の人なんて知りません!」
「アイラさまにとってブレスという名でも、わたくしの雪彦は雪彦ですもの」
それは、昨日のアイラと似た言葉。
少しずつ、少しずつ、深く傷をつけていく。胸に落ちてくる。
言葉を出なく、口を開けなく、していく。
由梨は黒い真っ直ぐな瞳で声を言葉を紡いでいく。
「記憶喪失なんて不安定な状態より、はっきりしてよかったのではないのかしら。
雪彦本人にとって、特に」
促されるようにアイラの視線がブレスへと流れる。彼はいつもと変わらない。
視線が絡む。赤い瞳、そこに映る自分。自分は今、どんな顔をしている……?
ぐ、と口を引き結び、アイラは背を向けた。
「……それじゃあご自由に」
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