第65話 現在と思い出
 アイラの案内で由梨姫と彼らはコールダリィ城内を歩き回っていた。
 広間から応接室、一応ということで王族たちの私室の場所まで。


「雪彦、ねぇ雪彦」


 静かにゆったり、けれど軽やかな足取りは由梨の心を表しているよう。
 その先にあるアイラの姿からは全く違う空気が感じられる。


「ここは国とは違って過ごしやすそうなのね、雪彦」


 気温を、風を感じ、由梨は微笑んだ。
 彼女の国は、季節としてはコールダリィと変わらないものの、湿度などの関係で、肌に感じるものが違っているのだ。


「雪彦は今何が好きなのかしら。わたくしはね、」


 歩いて歩いて歩いて。広い城の中を一行は行く。
 説明するアイラの声、補足するメイファの声、それと……ブレスに掛けられる由梨の声。
 彼女たちの声が不自然に混じり合う。

 回廊を行き庭に差し掛かった時、由梨が足を止めた。


「あら雪彦、こちらにも桜が咲いてますのね」


 視線の先に舞う花弁。はらりはらり、風に揺られて散って舞う。
 桜の木を見つめながら由梨は言う。

「桜の木の下で、二人で遊んだことを思い出さない?」

 養父に出会うまでの記憶がないので、当然ブレスには答えようがないのだけれど。



「ユリ姫、あたしの話を聞いて下さっていますか……!?」



 静かに、けれどいつになく強い口調でアイラが問うた。そのことに由梨の世話をするようにと 付き従っていたホーリスは一瞬身を固くして主の様子をうかがった。
 けれどそんなアイラの感情に気付いた風もなく、そこでやっと気に掛けられていると気付いたように、由梨は微笑した。

「申し訳ありません、アイラさま。ご説明はきちんと聞いていましてよ。
 ただ雪彦がいることに浮かれてしまっているようで……」

「ユキヒコユキヒコって……っ」
 アイラの体が震える。


「ここにいるのはブレスです! そんな名前の人なんて知りません!」

「アイラさまにとってブレスという名でも、わたくしの雪彦は雪彦ですもの」


 それは、昨日のアイラと似た言葉。
 少しずつ、少しずつ、深く傷をつけていく。胸に落ちてくる。

 言葉を出なく、口を開けなく、していく。

 由梨は黒い真っ直ぐな瞳で声を言葉を紡いでいく。


「記憶喪失なんて不安定な状態より、はっきりしてよかったのではないのかしら。
 雪彦本人にとって、特に」

 促されるようにアイラの視線がブレスへと流れる。彼はいつもと変わらない。


 視線が絡む。赤い瞳、そこに映る自分。自分は今、どんな顔をしている……?


 ぐ、と口を引き結び、アイラは背を向けた。
「……それじゃあご自由に」












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