第64話 心の世界
 ――どうしてしまったんだろう。


 ぼんやりと天井を見つめていたアイラは、どこか遠いところで思った。

 自分じゃない自分がいる。

 どうしてしまったのか、何がどうなのか、全くわからない。
 わからないけれど、おかしい、おかしい、と思う。


 自分は今どこにいる? ここに? こことは?


 白い天幕が流れるように彼女に降り注いでいる。













 お茶の時間は静かに過ぎていく。 いつもの一番の華がない。

「アイラさま……大丈夫かな……」
「あんなアイラさま、初めてだよね」
 心配そうに呟くレイシアに、平然としたオルスの声が返る。
 けれど彼だって気にならないわけではないと皆わかっている。

 メイファは黙ってカップに口をつけた。……冷たすぎる味のないお茶だった。
 とても、とても静か。数にしてわずか、それが足りないだけでこんなにも静かなのか。
 もしかすると、自分がいないときもこんな風だったのだろうか。

「……怖い……」
「……メイファ?」
「人間の想いが怖い……」


 些細なこと一つで擦れ違う心。


 いつもは他の誰よりも必ずここにいるはずのアイラとブレスが、ともにいない。それぞれが別のところにいる。
 その身も、その心も。

 レイシアは窓の外を見上げた。徐々に陽は暖かくなってきている。
 穏やかなこの景色とこの部屋の空気と、どちらかは夢なのだろうかという思いが浮かんでは消える。
 そっと握ったメイファの手のぬくもりに、ルークは友の心を思う。


 ――何年の付き合いになるだろう。


 それほど長いわけではない。けれど決して短くもなく。
 彼が今何を考えているかは容易に想像出来る。口には出さないし、表にも見えないけれど。
 ともに戦い命を預け合ってきた仲間なのだ。
 彼ほどにアイラを想い守っている者は他にいないと、知っている。








 メイファとレイシアがフリッツ、アリーア夫妻に引き取られた時、すでにアイラの傍にはブレスがいた。
 幼い頃のことなのではっきりとは覚えていないけれど、彼の姿はずっとあったように思う。


 最も長い間、最も近い場所に、いた。


 当たり前だと思っていたことが崩れるのが、怖い、と感じた。
 時間は止まることがないのだから、世界が変わっていくのは当然なのだけれど。

 自分は狭い世界しか知らないのだと、メイファは思った。そして、それでも構わないと。
 多くを知っているのはいいことだ。けれど自分のこの手に抱えられるのはほんのわずかで。

 大切に想う人には幸せになってほしいと願った。
 自分や大切な人が傷付くのなら、そんな世界は知らなくていい。



 心も狭くて、いい。












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