第63話 二人の貴方
 ――ユキヒコ、と彼女は言った。

 それに対する返答はなかったが、そう口にした本人は確信しているようだった。
 瞳を、顔を、雰囲気を、見れば明らかだった。

 突然のことに誰もが目と耳を疑った。タルシーは不審そうな顔になり、アリーアは不思議そうに、 レイナは興味深そうに、姫君を見た。フリッツは瞬いた。


「何のことでしょうか」
「わたくしのことを忘れてしまったの……?」
 その態度に由梨はショックを受けた様子で、すがるようにブレスに詰め寄った。

「わたくしよ、由梨よ。霧澤城の由梨姫ですわ。お前の主でしょう……?」
 由梨の必死さに王はためらいがちに声を掛ける。人違いということもあるのではないかと。
 けれど彼女は首を振った。


「白い髪に赤い瞳なんて、この国にもそうはいないのではないですか?」


 その言葉に誰も声を返せなかった。確かに彼は特徴的だったから。そして彼がどこからか流れてきたのを 拾われた養子であることも知っていたから。……アイラは何も言えなかった。

「雪彦、お前を探してわたくしはやって来ましたのよ」
「姫……」
「ああそうです。お話をしましょう、そうすれば思い出してくれるわね、きっと」
 一人で話を進める姫と、淡々としながらも戸惑いを見せるブレス。


「あの……っ」


 声に、黒い瞳がアイラを向く。
「あの、申し訳ありませんが、あまりに、突然のことで……」
「そう、ですわね。アイラさまは雪彦の今の主なのですものね」

「……ブレス、です」
「はい?」
「ブレスです。……ユリさまにとってはともかく、あたしにとっては」

 固い表情のアイラに由梨は微笑う。
「さまはいりませんわ。由梨、もしくは由梨姫とお呼び下さい」
 微笑みに、アイラは無言で返した。黒の美しい姫は可憐に笑んでいた。


 娘の様子を見かねた王妃が声を掛ける。
「姫さま、娘の言うこともありますけど、何よりもお疲れでしょう」
「長旅ですからな。落ち着く時間も必要ですし、今日は身体をお休め下さい」

 王妃に王にと続けて言われ、考えた由梨はすぐ微笑って頷いた。
「そうさせていただきますわね」
 と、龍之介を連れて退出していった。少し惜しそうにブレスを見つめ、由梨は背を向け、 龍之介は他の誰もを視界に入れないつもりのように、ブレスだけを一瞬睨みつけ、主の背だけを見て去って行った。








「ブレスは極東の者だったのか……?」


 静かになった部屋に呟きが広がる。タルシーの言葉にレイナがでもと口を開く。
「証拠なんてないもの、ユリさまの思い違いということも……」

 そうは言いながらも違うとは言えない。誰も、真実など知らない。本人さえも。
 心配そうに皆がアイラを見つめる。

「アイラさま……」
「アイラ」

「……あたしも戻るわ」
 そうかと頷く父にくるりと背を向け、メイファに手を引かれて歩き出す。
 ちらりと仲間たちの視線が向けられる中、一歩踏み出した彼は……

「アイ――」

「あなたは」

 再び呼びかけた声は遮られた。


「ブレス、あなたはいいわ」


 言って、また歩き出す。彼女は振り向かずに。

「……わかった」

 短い返事だけが、静かに返った。












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