第61話 薄紅の花
 ――薄紅の花弁舞う季節。


 そもそもこの樹木は異国から伝わったのだという。
 それも遠い遠い国。数日程度では辿り着けなどしないと、昔聞いたことがある。

 アイラはその木が好きだった。例えて言うなら、大切な友のメイファのようで。
 名はこの国にもあるのだが、異国のその名を知ってから気に入り、そう呼ぶようになった。
 ――桜、と。


「アイラさま、そろそろお部屋にお戻り下さい」
「あらメイファ。まだ大丈夫よ、桜が綺麗よ?」
 呑気な主の台詞に、側近であり侍女であり友人でもあるメイファはため息を吐いた。

「桜が綺麗なのは知っています。でも今日はご予定が……」
 メイファの言葉に今度はアイラがため息をひとつ。

 予定とは公務のこと。王族としての役目、仕事である。
 彼女は別段こういったことを嫌っているわけではなかったけれど、好きということもない。
 特にこういった、自分気に入りの時間を妨げられると、むっとしてしまったりもする。

「はいはい、わかったわよ。行きましょ、オルス」
 けれどやらないわけにはいかないのだ。

 そして今日のこれからの公務とは、異国の客人を迎えること。
 相手方が王族か貴族かということで、詳しくは聞いていないのだけれど、 丁重にもてなすのだということは父王より聞かされていた。

 そういう場合、本来なら国王夫妻と上の方の姉兄たちが揃っていれば末子のアイラにまで 役目が回ってくることはないのだが、生憎仕事や学業などで次女タルシーと六女レイナ以外 出ることが出来ないというので、彼女も、ということになったのだ。












 部屋の前まで戻ると、アイラ付きの騎士たちが揃っていた。
 黒の揃いの衣装をまとった彼らは、アイラとともに戻った仲間に着替えるよう促した。
 オルスは頷いて静かに走って行った。

「遅いぞ、アイラ」
「んもう、そんな急かさなくても着替えなんてすぐ終わるわよ」
 歯に衣着せぬ騎士隊長ブレスの言葉に頬を膨らませながらアイラは部屋に入った。

 中では待ち構えていたようにドレスを手にした侍女のホーリスがにこりと笑む。
「おかえりなさいませ」
 その声とともに扉は閉められ、侍女たちに取り囲まれる。 なんだかとっても気合が入っているようだ。

「ど、どうしたの」
 圧されるアイラに、侍女を代表してホーリスが口を開く。
「アイラさまは"すぐに"なんて軽く仰いますけど、着替えも髪もメイクも大変なんですから。
 成人の儀でわかってらっしゃるはずでしょう?」

「でも今回は別に外へ出るわけじゃ……」
「いいえ。私たちのアイラさまにはお綺麗でいてもらいませんと」

 強い口調に侍女たちは何度も頷き合う。以前より厳しくなった気がしなくもないけれど、 成人してもう子供ではないのだからということなのだろう。
 ちらりと目を向けた先のメイファも、苦笑のように微笑った。彼女も同じく用意して表へ出る立場なのだ。


「さあアイラさま、メイファさま、始めましょう」














 国王フリッツは玉座に腰を下ろし、大臣の話に耳を傾けていた。
 常は別室で細かに内容を聞くのだが、今日はこれから客を迎えることになっていたので、 それまでの時間にと、この場で済ませていた。

 大臣に付き従っている者が小走りで駆け寄り、大臣に耳打ちする。大臣は一つ頷き、用件を告げた。
「お越しになられたようです」

 王の返答を受け、扉がゆっくりと開かれる。開ききると、その人物はゆったりとした歩調で進み、王の前に立ち止まった。
「遠いところ、ようこそおいでくださいました」

 ――遠い遠いところからの客人。

 とても珍しいことだった。交流など皆無に等しいのだ。
 美しい髪を揺らし、その人は微笑んだ。
 その様子に目を奪われながらも、王は笑み返した。


「お待ちしていましたよ、由梨姫さま」












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