第56話 闇に染めて
 アイラが小さく、けれど強く、囁く。
「メイファ……?」
 光を含んだ声だった。

 レイシアが慌てて振り向いた。アイラに目で問う。
「今、動いたのよ……っ」
「メイ……!?」

 ベッドに体を寄せ、顔を覗き込む。目は開かない、それでも先ほどまでの人形のような眠りではない。
 二人の顔が泣き笑いに変わった。


 ――きっと二人が奴に術を解かせたのだ。


















 口内が乾いて舌打ちも出来ない。
 滴る血は、魔導の力で床や壁につくことはなく、流れる。

 ――エーヴィは城内を走っていた。

 動かない左腕、血の止まらない胸。
 傷を治すどころか、出血を止めることも出来ない。

 痛みに憎しみに、顔を歪める。
 勝算なしと見てルークとブレスから離れたものの、血と一緒に力も流れ出てしまっているようで。
(くそっ。くそっくそっくそっくそっくそっ……っ)


 痛みが止まらない。傷も、過去の傷痕も。


 今はひと気のない所をと天井裏に身を潜めつつ、動ける速さで走っているが、徐々に目も眩んできたようだ。
(こうなったら……!)
 何も考えず進んできたつもりだったが、気がつけばメイファの部屋の近くまで来ていた。


 ――こうなったらあの女だけでも……ッ。









 カタン、音がした。

 その瞬間。


 刃は相手の首へと押し当てられた。そう……エーヴィの首に。


 何が起こったのか。
 エーヴィは理解出来ずにいた。ただ嫌な汗が肌を伝う。


 冷たい――冷たい瞳。


 こちらも事態を全て理解していたわけではない。無意識のうちに体が反応したのだ。
 手負いの人間一人、動きを止めることなど容易い。

 アイラの、メイファの、部屋の前を通る廊下。音はない。遠くに気配は薄く感じる。それだけ。
 先程から気配は感じていた。抑えてはいたのだろうけれど。……消し切れずに。
 ひとまず待ち、出てくるのを待った。気配の乱れから、頭の中はもう、 考えることを放棄し、突き進むだけになっているだろうと。――…それを、頭ではなく感覚で考え。

「―――何?」

 平坦な声。感情など含まれない。

 エーヴィは喉から声を絞り出す。

「おま、えは……何者、だ……っ」


「―――――――さぁ」


 喉がごくりと鳴る。飲み込む唾液もないけれど。
 この剣がなくとも身動きなどとれなかったろう。


 ――金色の視線に射られて。


 静かに、刃が横に滑らされる。つ、と喉に線が走る。
「馬鹿は死ななきゃ治らない、って言うよね」
「ま……っ!」

 目が見開かれる。術は解けるのだと叫ぶ。
「俺を殺してもお前が嫌な思」


 黒い髪を深く染め、感情のない瞳は闇に映える。


 ――嫌な思いなんて、どうだと言う。


 陰に同化したそれと目を合わせ、口元を歪めた。

 馬鹿はコレかオレか。自分に問う。応えなどないけれど。



 そういえばここは城だったなと、ぼんやり思いながら。












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