第52話 不安定な
 ――どうして忘れていたんだろう。


 こんなことになったのも……こんなに辛いのも全部あの人のせいだ……。
 俺から彼女を奪って、彼女の人生も俺の人生も狂わせた。

 瞼を閉じた視界に様々な色彩が交錯していく。

「大丈夫?」

 掛けられた声に目を開ける。

 表情は変わらない。けれど心配そうなのは見てわかる。
 彼がこんな顔をするなんて、自分は今よっぽど酷い様子をしているのだろう。

 大丈夫、何ともないと答えるが、彼はそのまま受け取ってはくれなかった。
 けれど言っても無駄だと思ったのか、そのまま引き下がった。

 大丈夫だ、自分は大丈夫。どうもなってはいない。
 ただわかったのだ。


 ――あの人が悪い。


 全ての原因はその人だと。忘れていた記憶。なぜ忘れてしまっていたのか。
 忘れることなど出来はしない光景を。












「やっぱり変だ」


 割り当てられていたメイファの警護をルビーに借り受けた騎士に任せ、オルスはすぐ傍のアイラの部屋にきていた。 部屋の主であるアイラは、ホーリスとともに作法の稽古中で、よってオルスの声は低められていた。
 ブレスは壁にもたせかけた背を起こし、表情も視線もそのまま、オルスの言葉を待つ。

「調子悪そうにも見えるし、何か悩んでるようにも見える」
 ぼーっとしていたり、苦しげに呻いたり、と……。

「今はメイファのとこにいる。ちょっとは落ち着くかと思って」
 逆に追い詰める可能性もあるけれど。
 あそこにいれば、自分が離れてもメイファを警護する騎士たちだっている。

 アイラがオルスに気付き、小さく笑みを見せた。オルスは軽く手を上げて応える。
「アイラさまには言って……ないんだ。ルークさんにも」
 確認のように口にし、仲間のその表情から察した。


 ――不安定な状態。


 メイファを害されて、傷ついて、脆く、なっている。
 笑ってはいるけれど、いつ壊れてしまうかわからないと感じるほどに。

「ルークはどこにいる?」
 ここに姿のない仲間。オルスは首を振る。
 先程はメイファの部屋にもいなかった。ならばいるとすれば廉技場だろうか。

「たぶんもうすぐ来るんじゃ……」
 いつものように、ここへ。昨日と同じように。


 すると声が。音が。激しく響いた。














 音がする。声がする。


 彼女を想って、彼を思って、そうしたら。


「レイシアさま……ッ!」
 悲鳴のような侍女の声。どうしたの?何が言いたいの?……そう思う。本当はわかっているはずだけど、そう思う。

「レイシア!!」
 ルークが叫ぶ。止めようとしたのか、咄嗟に発せられたのか、少年の名を。

 レイシアは叫ぶ。耳を塞いで。目を瞑って。


「うるさい! 全部あなたが悪いんだ! 全部あなたが……!!」


 クローゼットが、机が、イスが、棚が、部屋にある物が。部屋を訪れたルークを レイシアが振り向き見た瞬間に、宙にひとりでに持ち上がった。
 声に反応するように、浮き上がっていた家具が飛んだ。ルーク目掛けて。

「リーヴァ!?」

 侍女とルークの声に扉を開けた騎士たちが目をむく。自分たちの方へ、何かが飛んでくるのだから。
 激しい音をたてて、壊れる音をさせて、それは床にぶつかった。












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