――どうして忘れていたんだろう。
こんなことになったのも……こんなに辛いのも全部あの人のせいだ……。
俺から彼女を奪って、彼女の人生も俺の人生も狂わせた。
瞼を閉じた視界に様々な色彩が交錯していく。
「大丈夫?」
掛けられた声に目を開ける。
表情は変わらない。けれど心配そうなのは見てわかる。
彼がこんな顔をするなんて、自分は今よっぽど酷い様子をしているのだろう。
大丈夫、何ともないと答えるが、彼はそのまま受け取ってはくれなかった。
けれど言っても無駄だと思ったのか、そのまま引き下がった。
大丈夫だ、自分は大丈夫。どうもなってはいない。
ただわかったのだ。
――あの人が悪い。
全ての原因はその人だと。忘れていた記憶。なぜ忘れてしまっていたのか。
忘れることなど出来はしない光景を。
「やっぱり変だ」
割り当てられていたメイファの警護をルビーに借り受けた騎士に任せ、オルスはすぐ傍のアイラの部屋にきていた。
部屋の主であるアイラは、ホーリスとともに作法の稽古中で、よってオルスの声は低められていた。
ブレスは壁にもたせかけた背を起こし、表情も視線もそのまま、オルスの言葉を待つ。
「調子悪そうにも見えるし、何か悩んでるようにも見える」
ぼーっとしていたり、苦しげに呻いたり、と……。
「今はメイファのとこにいる。ちょっとは落ち着くかと思って」
逆に追い詰める可能性もあるけれど。
あそこにいれば、自分が離れてもメイファを警護する騎士たちだっている。
アイラがオルスに気付き、小さく笑みを見せた。オルスは軽く手を上げて応える。
「アイラさまには言って……ないんだ。ルークさんにも」
確認のように口にし、仲間のその表情から察した。
――不安定な状態。
メイファを害されて、傷ついて、脆く、なっている。
笑ってはいるけれど、いつ壊れてしまうかわからないと感じるほどに。
「ルークはどこにいる?」
ここに姿のない仲間。オルスは首を振る。
先程はメイファの部屋にもいなかった。ならばいるとすれば廉技場だろうか。
「たぶんもうすぐ来るんじゃ……」
いつものように、ここへ。昨日と同じように。
すると声が。音が。激しく響いた。
音がする。声がする。
彼女を想って、彼を思って、そうしたら。
「レイシアさま……ッ!」
悲鳴のような侍女の声。どうしたの?何が言いたいの?……そう思う。本当はわかっているはずだけど、そう思う。
「レイシア!!」
ルークが叫ぶ。止めようとしたのか、咄嗟に発せられたのか、少年の名を。
レイシアは叫ぶ。耳を塞いで。目を瞑って。
「うるさい! 全部あなたが悪いんだ! 全部あなたが……!!」
クローゼットが、机が、イスが、棚が、部屋にある物が。部屋を訪れたルークを
レイシアが振り向き見た瞬間に、宙にひとりでに持ち上がった。
声に反応するように、浮き上がっていた家具が飛んだ。ルーク目掛けて。
「リーヴァ!?」
侍女とルークの声に扉を開けた騎士たちが目をむく。自分たちの方へ、何かが飛んでくるのだから。
激しい音をたてて、壊れる音をさせて、それは床にぶつかった。
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