第50話 夢幻
「レイシア」


 声が聞こえる。
 笑って呼ぶ声。呆れて、怒って、泣いて、また笑って。

 ――あの人の隣で、とても綺麗に微笑む。

 今は自分だけを見てはくれない。
 それでもいいと、彼女が幸せならと、思った。……それは嘘じゃない。

 ――はじめましてと、微笑した。

 その時すでに、あの人は特別だった。
 一番近いのは自分だと思っていたのに、彼女を遠く感じた。

 ――無理に頑張ろうとしないで、と言った。

 無理をしているのは君だと言いたかった。
 ただ、守りたかっただけ。

 ――ずっと一緒にいるから。

 微笑んでいてくれたけど、慰めてくれたけど、泣きたいのは同じだった。
 世界で二人きりのように思った。

 ――守るから。

 それは自分の役目なのに。
 真っ直ぐ顔を上げて、新しい家族に挨拶をしてた。

 ――だいすき。

 と、言ってくれていた。純粋に。あれはいつだったろう。

 ――だいすき。

 舌足らずな声。可愛らしい。……ずっと君を見てた。

 ――だいすきだよ。

 行かないで。どこにもいかないで。ぼくのそばにいて。



「―――――――――ッ」



 叫び声が、泣きじゃくる声が、黒が、空が、差し出された腕が。

 誰かが誰かを呼ぶ声。君が誰かを呼ぶ声。僕が君を呼ぶ声。


 声。声。声。声。声。声―――――。


 誰の声。何を叫ぶ。誰を呼ぶ。何を求める。誰が何を。何が誰を。






 違う。ダメだ。イラナイ。












「レイシア?」
 何事もなく眠っていたはずのレイシアがうなされるその様子に、オルスは声を掛けた。

 二人はもう長い間同室だったが、今までにこんなことはなかった。
 悪い夢を見ていたとしても、こんなに……苦しんだ様子を見たことなど。
 ――逆なら、有り得たかもしれないが。

「レイシア、起きて」
「……め…………に、っや……」

 言葉にならない、聞き取れない声。必死に伸ばされる手。
 無理もないのだろうが、ここのところほとんど眠っていないようだった。
 それが珍しく早く寝入ったと思ったら……。

「起きろっ、レイシア!」

 びくりと体が反応し、薄く目を開く。
 小さな灯りにぼんやりと青白い顔。定まらぬ視線が、けれどオルスをとらえる。いや、その人影を。

「……に、い……」
「レイシア?」
「め……ぇ……っ」

 そして、レイシアは気を失った。







 繰り返し広がるのは、見知らぬ記憶。












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