第46話 君の名を
 名前を、呼ばれた気がする。
 遠く遠く、どこか近い所で。
 その声は、大きくなりそうでいて、そうなることはない。


 ――大丈夫。


 そう言って笑わなくちゃと、思う。……どうして?
 だってあの人が呼んでいるから。
 あの声を聞きたい……あの声を……








 ――俺の声を聞け。








 腕の中、少女が瞼を持ち上げ身を起こし、ルークは安堵した。


「ああよかった。またどうにかなってしまうのかと」
 突然倒れかけるものだから、慌てて回廊に上がり抱きとめた。
 また、何か悪いことになるのかと、そして純粋に心配をして、何度も名を呼んで。

「メイファさん――?」

 少女は声に返す反応を見せず、素早い動きで腕を振った。

 その手には、常に身につけている短剣。……いつもはその存在など忘れてしまうけれど。
 反射的にかわしたものの、喉に残る違和感。切れはしなかっただろうが、 ギリギリのところをかすめた。神経が集中し、熱く感じる。

「メイファさん!?」
 うつろな瞳は何も映さず、緩慢で素早い、相反した動きを繰り返す。


「……ルー、ク……殺…す……」


 意思のない声。その言葉だけでわかる、何が起きたのか。次の手段に移ったのだと。

 これではまるで――人形――……


「エーヴィ……ッ!」


 楽しいか。こんなことばかり。
 彼女を傷つけることで俺を傷つけて。彼女を使って傷つけて。
 卑怯な、卑劣な。彼女は関係ないのに。――道具みたいに。


「メイファさん、メイファさんっ!」


 呼んでも呼んでも。

 ――届かない。


「――っ、メイファ―――……!」
 ついさっきまで、泣きそうな顔をしながらも確かにここにいたのに。
 意思を持って。心を持って。確かに、彼女として、存在していたのに。

 自分のことを覚えていなくても、彼女であることに変わりはなくて、 だから構わないと、苦しくても愛していると、そう、思ったのに……。

 短剣をかわし続けはするものの、反撃など考えすら出来るわけがなく。
 もういっそ、彼女自身を傷つけるとわかっていても、刺されてしまった方が楽かという思いがよぎっていく。


 ――頬に一筋、赤い線が走る。


「ごめん、メイファ……」

 何が、とも、何を、とも言わないけれど。

 ――きっと変わることのない想いがあるから。

 振り上げられた手が、止まる。腕が震え、一粒の涙が、こぼれた。
 それはまるで、血を流すように。


「ル……ク……さ……」


 紛れもない彼女の声。

 ――そうして訪れる、眠りの時。


「メイ、ファ……?」





 濡れた瞳。




 揺れる髪。





 白い肌。






 薄紅のドレスが。







 視界に鮮やかに。








 倒れ込む身体。抱き締めて。―――――――――――泣いた。












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