名前を、呼ばれた気がする。
遠く遠く、どこか近い所で。
その声は、大きくなりそうでいて、そうなることはない。
――大丈夫。
そう言って笑わなくちゃと、思う。……どうして?
だってあの人が呼んでいるから。
あの声を聞きたい……あの声を……
――俺の声を聞け。
腕の中、少女が瞼を持ち上げ身を起こし、ルークは安堵した。
「ああよかった。またどうにかなってしまうのかと」
突然倒れかけるものだから、慌てて回廊に上がり抱きとめた。
また、何か悪いことになるのかと、そして純粋に心配をして、何度も名を呼んで。
「メイファさん――?」
少女は声に返す反応を見せず、素早い動きで腕を振った。
その手には、常に身につけている短剣。……いつもはその存在など忘れてしまうけれど。
反射的にかわしたものの、喉に残る違和感。切れはしなかっただろうが、
ギリギリのところをかすめた。神経が集中し、熱く感じる。
「メイファさん!?」
うつろな瞳は何も映さず、緩慢で素早い、相反した動きを繰り返す。
「……ルー、ク……殺…す……」
意思のない声。その言葉だけでわかる、何が起きたのか。次の手段に移ったのだと。
これではまるで――人形――……
「エーヴィ……ッ!」
楽しいか。こんなことばかり。
彼女を傷つけることで俺を傷つけて。彼女を使って傷つけて。
卑怯な、卑劣な。彼女は関係ないのに。――道具みたいに。
「メイファさん、メイファさんっ!」
呼んでも呼んでも。
――届かない。
「――っ、メイファ―――……!」
ついさっきまで、泣きそうな顔をしながらも確かにここにいたのに。
意思を持って。心を持って。確かに、彼女として、存在していたのに。
自分のことを覚えていなくても、彼女であることに変わりはなくて、
だから構わないと、苦しくても愛していると、そう、思ったのに……。
短剣をかわし続けはするものの、反撃など考えすら出来るわけがなく。
もういっそ、彼女自身を傷つけるとわかっていても、刺されてしまった方が楽かという思いがよぎっていく。
――頬に一筋、赤い線が走る。
「ごめん、メイファ……」
何が、とも、何を、とも言わないけれど。
――きっと変わることのない想いがあるから。
振り上げられた手が、止まる。腕が震え、一粒の涙が、こぼれた。
それはまるで、血を流すように。
「ル……ク……さ……」
紛れもない彼女の声。
――そうして訪れる、眠りの時。
「メイ、ファ……?」
濡れた瞳。
揺れる髪。
白い肌。
薄紅のドレスが。
視界に鮮やかに。
倒れ込む身体。抱き締めて。―――――――――――泣いた。
<< back
next >>
NOVEL