第45話 記憶と心








 目が覚めると泣いていた。















「おはようございます」


 日常の始まり。何でもない一日。
 だけどそこにはあなたがいて。

「おはようございます、メイファさん」

 それはあまりにも自然で。当たり前に存在していて。
 知らない人なのに、という思いと、知っているはずなのに、という想い。

 なんだか訳がわからなくなって、苦しくなって。
 だけど泣きそうになると、あなたが泣き出しそうに微笑うから。

「どうして、ここに?」

 聞かれて、ああどうして自分はこんな場所まで歩いてきたんだろう、と思う。
 部屋から幾分離れた回廊だった。中庭に面していて、春や夏ならば花の咲いている様が見れ 好きな場所ではあるが、花があるわけでなく、しかも朝から来るなんて。

「ルークさまは、どうしてですか?」
 回廊に腰を下ろしそこから外に足を下ろしたルークは、どこか遠くを見て、そうして振り向いて微笑む。


「ここは、私にとって思い出のある場所だから」


 どうして、という思いが駆け巡る。
 どうしてこの人はこんなにも優しく笑うのだろう。笑いかけてくれるのだろう。


 ――あなたのことを、忘れてしまった私に。


 あ、とルークが声を上げる。
「私がここに座っていたって、内緒にしておいて下さいね。床になんて、怒られてしまいますから」

 どうして。どうして。
(私にはあなたがわからないのに……)
 教えてもらっても、傍にいても、思い出せないのに。

「そんな顔しないで下さい」
 ああほらまた、そう言うあなたこそが泣きそうな顔。

「私に対して、悪いとか、どうしようとか、思わないで。私のことで思い悩まないで。
 私の、せいですから……危険な目にあわせてばかりで。あなたは優しいから、 どうしても考えてしまうのだとは思うけど。……悪いのは、あなたではなく、私だから……」


 またそうやって、笑うの。

 泣かないでほしい。だけど無理に笑わないでほしい。……なぜだか、落ち着かなくなる。


「ルークさまこそ、そんな顔、しないで下さい……」
「……傲慢、ですよね。ある種、自業自得のようなものなのに。自分が原因であなたの中から自分が消えて、それを辛いだなんて」
「そんなこと……」

「……伝えておけばよかったのかな、と。少し、思ったりもして……」
 好きだと。誰よりもと。――現状に、満足ではないけれど、慣れてしまっていた。

 互いに口にした訳ではないから、明確な感情はわからないけれど、多少なりと好かれているのは感じられて。
 傍にいられるのが当たり前になっていたから、それだけで幸せで。
 もし、伝えて受け入れられて、それで忘れられたら、もっと辛かったのかもしれないけれど。

 それでも。

「レイから、聞きました。私はあなたのことが好きだったのだと」


 ああ、ああ……どうして言えなかったのだろう。臆病な自分。

 泣きそうに、思う。

「――好きです」

「で、も……私は……」
「メイファさんは、メイファさんだから。……私のことを覚えていなくても、あなたは私の好きなメイファさんです」
 戸惑うメイファの様子に、ルークは小さく哀しげに微笑した。

「すみません、困らせたくはないのですが」

 メイファは首を振り、細い声でどうしてと言う。
 それはどれに対しての問いなのか。わからないけれど、今言えることは。


「あなたがあなたである限り、私はあなたを愛しています」

















 ――思い出したい。


 思った。心から、思った。

 そして……………声を、聞いた。



 知らないはずの、有無を言わさぬ、声を。












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