第33話 兄弟
 ――おかしな空気が流れていた。


「そこの王子サマ。ムカシ話はお好きで?」
「………」
「あらヒドイ。無視ですか」

 言葉とは逆に、可笑しそうに笑う。強く睨まれて、おー怖い、と笑いを収める。
「俺は好きじゃないけどね。どうでもいいし。――だけど、どうでもよくないから」
 瞳の青が、にわかに変わる。仄暗い光を宿す。


「――囚われの王子サマ――」


 バロスは僅かに身を固くした。どこかで予期していた言葉だったけれど。
 やはり、そうなのかと。

「アストーク……」

 禁忌の力を持って生まれ、その為に両親により幽閉され、失踪した……
 イラテイト現国王第一子アストーク。
 笑む口元が、自分を嘲笑っているかのようにバロスには思えた。

「見るにお前さんも知ってはいるみたいだな。呪われたイラテイト王家の物語」
「やはり貴様、アストークなんだな……!? 我が忌まわしき兄アストーク!!」
「違うっつってんだろ。勝手に決め付けてんじゃねーよ」

 嘆息する。思い込みの激しい男だと、いっそ感心してしまいたくなる。
(でもなー、認めたら認めたでうるさいだろーしなぁ)
 何故こうも自分を兄だと言うのか。……いや、わかってはいるのだが。

 バロスはじり、と恐れを忘れにじり寄る。
「では貴様は何だと言う! 何故王家の秘密を、それに我が名を知っているんだ!!」
「んー、ウチのじじばばが城で働いてたもんでねぇ。大体よ、そのアストークもアルバトロスのこと知ってんのか?
 ず―――――っと閉じ込められてたのに?」

 全てを閉ざされていた王子に、何を知る術があったのか。けれどバロスは間髪入れずに返す。
「だが禁忌の力を持っていた!」
「禁忌の力で何もかもお見通しってか。んな便利なもんじゃねーよ。浅知恵だな」

 シライザは息を吐く。
「俺もあんまりしたくない話題なワケだからよ、カンタンに言わしてもらうわ」

 立ち上がり、間を詰める。目線の位置が逆になる。僅かな差。けれどそれは大きな威圧感に変わる。


「俺の関わるもんの前に出てくんな」


 目障りだ。見たくもない顔、考えたくもない話。

「お前の兄貴はな、国のことや王家なんかどうでもいいんだよ。ただ毎日を暮らしていければいいんだ。
 俺もあいつと一緒にいて、あいつが楽しそうで幸せそうならいい」
 二人きりの家族。互いの幸福ばかりを願う。あいつは……

(あいつは俺のことばっか考えて……大変なのは自分だってのに……)

「お前をどうにかしようとも、昔の恨みだとかも、本当はどうだっていいんだ。
 ――ルビリオンを盗ったのは俺の勝手な自己満足で、それ以外のなんでもねぇ」

 あいつのためになることをと、考えて。
(俺を支えてくれたのはお前だった。俺はお前を……支えられているのか……)
 結局、思いつくのは馬鹿なことばかり。……完全な、自己満足。

「探そうとか調べようとか、そんなことは考えるな。俺もお前の前にはもう現れない」

 何か一つでもイヤガラセくらいしてやろうと思っていた、それだけのことも、もう済んだのだから。


 ――ふ、と苦く笑った息が出る。


「王女サマたちにも、ホント手ェ出さないでくれる? ……幸せになってほしーんだよね」
 仲間でも友でもないけれど。一方的な感情ではあるけれど。それでも。

「―――――わたしに幸せになる権利はないと言うのか、貴様は」

「……ああ、本気だったのか、アイラが好きっての」
「………」
「お前さんのことなんざ知らねーよ」


 世界中の人間全員が幸せになることなど出来はしない。
 ならば好いた者の幸せばかりを願うこと、当然だ。
 それが人間というものではないだろうか。


「……まぁ、」
 彼は、やり方を間違えたのだ。人を好く気持ちに間違いは、きっとないから。

(不器用、なのかもな。変なトコで。……兄貴とおんなじ)
 苦笑が零れる。

「悪さしなけりゃ、お前の幸せもオマケで願ってやるよ」
「いらぬ世話だ……っ」

 今度は本気で笑う。根っこの部分では嫌いじゃないかもしれない。
 出会いが、関係が、違っていたら。――それは、現実には在り得ないことだけど。




「じゃーな」












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