第31話 忠誠をもって
 目の前で自分に向かって振り上げられた剣に、バロスは声にならない悲鳴をあげた。
 思わず目を瞑った彼だったが、刃は真横の空間を斬り裂き、身には傷一つ付きはしなかった。 が、耳元でその音を聞いた為に腰を抜かしてへたり込んでしまった。


「アイラは返してもらう」


 ブレスは床から大剣を引き抜き背に収める。
 最後の忠告として、レイシアが口を開いた。
「戦争も、やめて下さいね。争いは歓迎されることじゃないですから」

 そして脅すようにルークが次ぐ。
「コールダリィには親しくさせていただいている国もありますからね」

 現国王第一王女の嫁ぎ先アヤトや、そこから友好関係を持つようになったヴァイス、 第二王子の留学先レイズといった国々。 どこもコールダリィやイラテイトと同等の国だ。
 いくらイラテイトが軍事的に力を持った国とは言え、これらの国々を相手にしようとは思わないだろう。

 アイラは凛と言い放つ。


「正式に、婚約はなかったことにしていただきます」


 行きましょう、と背を向ける。バロスから返る声はなかったが、 もう手は出してこないだろう。……そう、願う。









 幾つもの足音が遠ざかって、バロスはやっと、俯いていた顔を上げて立ち上がった。
 そのまま立ち去ろうとしたが、その存在に気付き、振り返った。
 悔しさと憎しみに歪んだ表情で見つけたのはアイラとともに去ったと思っていた人物だった。

 なんなんだお前は、と口を開こうとした瞬間、真っ直ぐに、光るモノを、突きつけられる。
「―――ッ」
 いきなりのことで声など出ようはずもなく、ただ息をのむ。

 先程の長身の男とは違う、別の圧迫感。

「殺さないから安心していいよ」

 喉に切っ先を突きつけた状態で、平然と言う。――"悪魔"という言葉が脳裏をよぎる。
「この程度で済んだこと、シアワセだと思いなよ。みんな優しいから」


 許されたわけではないけれど。

 許されるものではないけれど。

 ――手を下すことはしない。

 みんなが望むなら。

 生かすも殺すも、みんなが望むように。


「だけど、今度また馬鹿な真似やったら、オレが許さない」
 その結果、居場所を失くしても。
「オレは甘くない。躊躇わない。……今更」

 今更。

 ――何を、失うという。

「わかったな」

 何を恐れる。失うものを失った身で。
 死すら、怖くなどないというのに。
 ……明かりを反射する剣を引く。
 血に濡れた両腕だ。失うことも、奪うことも、何でもない。

「――貴様、何者だ」

 オレは。

「オレは……」

(オレは……?)

 何者、と言うのなら。
 ―――――……。

 一体、何と言うのだろう。自身で掴めぬこの身……。


「王女サマの護衛騎士サマでしょお」


 はっと振り向いた視線の先にいたのは、何度か会った男の姿。
 変わらない、おどけたような笑みを浮かべ、手を振る。

「よっ」
「……なんでいるの?」

「ヤボ用」
 と、肩をすくめてみせる。場の空気とそぐわない。けれど、らしいポーズ。

 笑みを引っ込め、低く、短く、伝える。

「探してる。行け」
「―――」

 何を、とも、何故、とも問わない。
 背を向けて駆け出した。
 その姿を見送り、男はバロスに向き合った。



「また会ったな、アルバトロス」












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