第30話 揺らぐことのない
 突然の轟音と壁の崩壊に、バロスは思わず身を竦めて目と耳を塞いだ。
 が、アイラは逆に、思い切り目を見開いた。

「あ……」

 打ち抜かれた壁は、その一部からヒビが入り、音を立てて幾ヶ所か崩れ落ちる。
 バロスや他の者が咳き込み苦しげに呻く。けれどアイラには聞こえない。


 ――その場の何もかもが見えなくなる。


 ただ一つだけ、鮮明に目に飛び込んでくる。
 直前まで壁だったモノに足をかけ、大きな剣を手にして現れた姿。


「ブレス――」


 雪のような髪。

 ルビーのような瞳。

 闇色を纏った長身。

 ――全てが周囲よりも鮮やかな色彩で、強烈な光のように見えた。
 まるで、全感覚が洗われていくかのよう。


「アイラ」


 低くて静かな、強い炎をはらんだ声。
 ……聞いたことのない、知っている声の知らない声で、彼が呼ぶ。
 考えるより体が動いて、真っ直ぐに手を伸ばす。力強い腕が支え、引かれた。

「遅くなった」
「……ホントよ、馬鹿」
 いつものぶっきらぼうなほどの声が嬉しくて、涙が出そうになる。


「大丈夫、アイラさま?」
 オルスが。

「アイラさま、こっちへ」
 レイシアが。

「王子には少し、お話させていただきましょうか」
 ルークが。

「アイラさまを傷つける人は許されません……!」
 メイファが。

「下がっていろ」
 ブレスが。


 ――みんなが。

(みんなが、いる。あたしは一人じゃないもの)


 毅然と顔を上げ、バロスを見る。
 部屋に兵士が雪崩れ込んでくる。大して広くはない部屋だが、数十人は軽く入る。……それに対し、こちらは全員で六人。
 兵士たちが手を出せないよう、バロスとの間を詰める。

 ブレスが威圧するように大剣を構え、ルークはそれを援護するように、オルスは何があっても対応できるよう備え、 メイファはいつでも魔導を発動させられるように、そしてレイシアはアイラを庇うように立つ。
 多勢の兵を背にバロスが笑う。……歪んだその表情も、今はもうどうでもよく見える。

「アイラさま、言ったでしょう? 国が大事ではないのですか?」
「―― 国は大切に決まっているじゃない」
「ではそんな馬鹿げたことをおやめになって、こちらへいらして下さい。わかるでしょう」

 ――断れば、イラテイトはコールダリィに戦争を仕掛ける、と。

「……可哀相な人なんですね……」
「何がだ!?」
 ポツリと呟いた声は、怒気を一杯にはらんだ声で押しのけられる。

「気に障ったなら謝ります。申し訳ありません。……だけど俺の正直な気持ちですから」
 偽りの無い心でレイシアは言い、アイラはふっと微笑した。無意識での答えを得た。自分も確かに思ったのだと。

 ブレスが唸るような声を出し、バロスは身構える。
「死にたくなければ兵を遠ざけろ」
「手出し出来ないよう、この場から消えてもらえると嬉しいですね」

「――死にたくなければ? このわたしを殺すと?」
「するわけがないとお思いでしょうが」
 浮かべようとしたバロスの笑みが、ルークに遮られ引き攣る。


「我々はアイラさまのためになら、何だってやってのけますよ」
「オレたちは国よりアイラさまが大事だから」

 ――それは決して揺らぐことなく。


 真剣さを感じたのか、バロスは舌打ちすると兵士を退かせた。
 アイラが一歩、進み出る。

「もうやめて下さい、バロス殿下。あたしはコールダリィが大切だけど、幸せになりたい」
「私たちも、幸せになっていただきたいと思っています」

「なので諦めては下さいませんか」
 これで諦めてくれれば、という希望……。けれど、バロスは目をギラつかせ吼える。


「わたしと幸せになればいい!!」


「アイラの幸せはアイラが決める! お前が決めるな!!」
 ブレスの怒声に怯みかけながらもバロスも引かず声を荒げる。
「……ッ、アイラアイラって、戦争になればそのお前らの大事なアイラが苦しむのがわからないのか!?」


 ブレスは剣を振り上げた。




「お前にその名を呼ぶ資格は、ない――!」












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