第29話 惑いと想い
「アイラさま。そろそろ御返事いただきたいのですが」


 いつものように――この男と"いつも"だなんて考えたくはないけれど――
  部屋を訪れたバロスは、答えを求めた。
 これまでよりも強く、自らの望む答えを求めた。

 ――答えは決まっている。

 けれどそれは、そうと口にしてはならないのだ。自分の心ではなく、王女として判断しなくてはならない。
 が、考えるほどに答えられなくなり、二つの思いがぶつかり合い、わけがわからなくなっていく。 なんだか、頭の中がぼんやりとする。――しっかりしなくちゃ。そうは思うのだけど。


「愛していますよ。あなたもわたしを好いて下さっていますよね」


 声が遠い。自分の感覚も遠い。

 ――好き……?

(違うわ。あなたなんて嫌い)

「嫌い、です」
 なんとか目を見て答えた。

 青い瞳が覗き込んでくる。鋭く、胸を抉りさえしそうな視線。
 穏やかに、優しく微笑する。白く長い整った指で、軽く頬に触れる。

「あなたはわたしを好いていますよ。愛しています」

 ゆっくりと、刻みつけるかのように。

「幸せになりましょう。……あなたが今苦しいと、辛いとお思いなら、 それはご自分の気持ちを否定しようとしているからでしょう。 わたしのことを愛していると、認められれば楽になりますよ」


 優しく、優しく。言葉で、表情で、態度で。


 ――この人は誰。


 この幾日、この人物との思い出しかない。押し込められた箱の中。この人物だけ。
 ――この人が、全て……?
(バロス=イラテイトは、イラテイトの王子で、自分勝手で、よく喋って、それで……)


 愛している、と。


 何度もそう口にした。目の前の、この優しい人は。
 優しい人、は。

「あたし、は……」
「結婚して下さいますね」







 ――好き。







 好きという言葉。



 そこから広がる、甘くて切なくて優しい気持ち。
 色にするなら、そう、激しくも美しい赤と儚くも綺麗な白。


 ――赤と白。その色を、知っている。


 とても綺麗な、澄んだ色。静かでいて、時に激しく燃え立つその色。
 すぐ傍で見ていた、大好きな色だ。

(違う。)

 ――そうだ、違う。惑うな。

 アイラは美しい色を強く思い浮かべる。
(大丈夫。あたしは、あたしなんだから)
 コールダリィ第七王女アイラ=コルトック。……いや、コールダリィのアイラ。
 まだだ。まだ耐えられる。


「あたしは」


 何よりも自らの幸せをと、願われてきた。
 立場を捨てるわけではない。他に方法はあるはずだ。
 自分でいる為に負けるわけにはいかない。


「あたしは、バロス王子殿下とは結婚出来ません」


 だって。

(あたしが好きなのは――)










 慌しい足音が駆け込んだ。
 城内を警護する兵士のようで、整わぬ息のまま事の大きさを表そうとするかのように、 せわしない身振りでバタバタと動く。

「殿下ッ、な、か……っ、何か、が……」
「何が言いたいのかわからんっ! はっきり物を言え!!」
「です、から、何、か、異変がッ」

 その必死な様子にバロスは顔を顰める。
「異変……? 一体何が起きたと言――」



 バロスの声は、最後まで続かなかった。轟音によって。












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