第22話 行方


「いってらっしゃい、あたしの騎士たち」




 ――随分と静かになった。


 いや、言葉の数はそれほど変わってはいないだろう、と思う。
 ただ、頼もしい仲間のうち三人の騎士がいなくなり、一つ一つの言葉に覇気がなくなったようだ。

 そして今日も、あの男の相手をしなくてはならない…………。










 朝、メイファと共にホーリス、レイシアを連れて広間に入ると、
 バロスは大げさな立ち居振る舞いで歓迎、喜びを表して見せた。

「おはようございます、アイラさま。本日もご機嫌麗しゅう。お目覚めはいかがでしょう」


 ――麗しくないし、目覚め最悪よ。その顔見たら誰だって!


「おはようございます、バロス王子殿下」
 にこりと微笑み優雅に挨拶を交わす。アイラはもちろん、コールダリィ式の礼をとる。
 左手でドレスをつまみ上げ、右手は胸元に。軽く膝を曲げ首を僅かに傾げる。……といった感じだ。

 本来なら訪問国に敬意を表してその国の作法に従うべきなのだが、 この男相手にそんな馬鹿らしい、と思ってしまっているアイラがするはずがない。
 メイファもアイラと同様礼をし、二人そろって席についた。ホーリスとレイシアはその背後に立つ。


 今日も一日が始まった。










 ここの料理は不味くはないのだがあまり好かない。
 味付けは構わないのだが、どうも素材がパサパサしていたりと、よろしくない。まあ一言で表すなら、彼女の口に合わなかった。

「ああそうだ」

 席についているほとんどの者がもう少しで食べ終わろうとしているその時、バロスが思い出したというように口を開いた。
「アイラさま。今日は城内を案内致しましょう。特に中庭など、きっと気に入っていただけるかと思います」





 イラテイト城の四角い敷地内を下から見て回り、そろそろ一階全てを見てしまったかという頃、 メイファは少し離れた場所に、一心にこちらを見つめている少女に気がついた。
 そういえば、あの子はずっと自分たちの周りに困った様子でいなかったろうか。

「あの、どうしたの……?」

 近づいて小さく問い掛けてみると、赤みがかった茶髪の幼い少女は顔を真っ赤にして必死に見上げてきた。
「あ、あの。王女さまにお話したいことがあるんですっ。でも王女さまには王子さまと王子さまの兵士の人がいるから……」

「アイラさまに……? よかったら話してくれない? 私から伝えるから」
 微笑を浮かべてしゃがみ目線を合わせる。少女はますます赤くなる。

「ああああのっ。騎士さまのことなんですっ」
「騎士?」

 微笑が、消える。――騎士と言えばアイラ付護衛の、あの三人しかいない。

「はい、コールダリィに発たれた騎士さまですっ。早馬が来たって、それ、たぶん嘘なんです……」
「嘘!?」
「は、はいっ」

 思わず出た自分の声にびくりとする少女を、まるで遠い世界のように見る。
 そんな、という、思いしか、言葉しか、出てこない。
 それでも冷静になろうと、声のトーンを抑え、続きを促す。

「騎士さまとその人が喋ってるの、ちょっと見えて。でもその人、見たことある人だったんです!
 王子さま……何を考えてるのか、わかんないですけど、でも、何か、王女さまに言わなきゃって思って……」


 視界に、色がよぎる。どんなモノにも紛れることのない、あまりにも鮮やかで深く、澄んだ、けれど穢れた――


「―――――ありがとう」
 自分のものではないような声。無意識に。立ち上がる。

 王子につきまとわれているアイラから少しだけ離れて立つレイシアとホーリスを捕まえる。
 アイラはバロスに注意を向けていてこちらには気付いていない。
 心の中で謝りながら、すぐに戻るからと二人に主を頼む。
 否を唱えるはずはないが、何故を問う声を避けるかのように、返る声も聞かず歩き出した。





 昼になった。メイファの姿は見当たらない。


 食事の席につき、アイラはホーリスに尋ねるが、彼女も知らないのだとすぐにわかる。
 つまらない食事を終えると、アイラは一旦部屋に戻った。レイシアと共に。
 ホーリスは他の侍女たちと一緒に何かしら動き回っている。


「メーイファーぁ」
「どこ行ったんだろ……メイらしくない」
「……あたしを放ってどっか行っちゃうなんてーっ」
 口調は怒っているが、どうにも心配そうだ。

 侍女がティーセットを運び込む。
 香りの少ない、素っ気なそうなお茶だ。見た目はいつもの紅茶のようだが。
 菓子は薄い板状の物。全く同じ色・形をしている。カクカクしすぎてあまり美味しそうじゃない。

 アイラはカップを二つ用意させ、とりあえず飲むことにした。
 従者が菓子を食べ茶を口に含む。――毒見も大丈夫なようだ。
 面倒臭そうにアイラは手を伸ばした。










「すいません」


 声が聞こえたが、自分のことではないだろうと気にせずホーリスは作業を続ける。
 すると今度は近づく気配がして、目を上げるとヒゲとシワで表情が見えないような老人が微笑しているように立っていた。

「すいませんが、ちょいと頼めますかいの」
「は、はい?」
「いやね、城下に孫がおるんですが、なんせ老いぼれなもんでね、体が言うこと聞かんのですわ。 まったく、歳を取るのはえらいもんで、長生きはしたい思とりましたがこう体も自由にならんとなると、 出来ることも少のぉなってかないませんわ」

 老人は止まるとを知らないように喋り続ける。ホーリスは戸惑いそのままの声を上げるが、それも耳に入らないようだ。
「これでも昔は元気で体も強ぉてちょいと有名なくらいやったんですけどねぇ。
 ああ、これ以上不自由になったらどうしたらいいか……ほんま困りますわ。
 なんせ今でさえ仕事に差し支えたりして、もう終いには」

「すみませんっ」

「はいはい?」
 幾度目かの"次こそは"と思い張り上げた声に、やっと老人はホーリスを見た。
 なんだかとっても疲れている気がするのは何故だろう……。

「えっとですね、話を遮ってしまって申し訳ないんですが、用件をお伺い出来ますか?」
「おっと、そうでしたな。こりゃすいません。孫にね、荷物持ってってもらいたいんですわ」
「荷物……ですか? 私が?」

「はいはい」
 老人はにこにこと頷く。
「頼まれとったもんが届いたんですけど、この体じゃどうしようものぅて。
 孫も楽しみにしとるみたいなんで早ぅ持ってったりたいんですわ」

 ホーリスは瞬き、努めて冷静に答えようとする。
「お気持ちは、わかるんですが、私にも仕事がありまして、ここを離れるわけにはいかないんです……」


 そうだ、仕事がある。侍女としての。そして何よりアイラの連れとしての。
 ――アイラの傍にいなくては。特に今はメイファがいないのだから。
 ――そう、強く思う。……のだけれど。


「……はぁ、そうですか。そりゃすいませなんだ。孫を想うあまりに他人様にご迷惑を……。
 すいませんね、年寄りの戯言や思て聞き流して忘れて下され……」

 ――そんな肩を落とされてしまうと。

「あああ……っ、行きます、やりますっ」
「ほ?」
「―――――私でよければお手伝いさせていただきます……」
 弱いぞホーリス。そう自分で思わずにはいられない。

(メイファさま、すぐ戻るって仰ってたし。なるべく早くお戻り下さい……っ!)



 もう、祈るしかなかった。












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