第20話 しばしの休息、な夜


「あなたが我が国におられるなんて夢のようだ!」




 ――イラテイト城で与えられた部屋に戻っての一言目が、これ。

「なーにが夢のよう!? 悪夢よ! あたしにとって!!」
 ほとんど毟り取るように髪飾りを外し、ベッドへ倒れこむ。そんなアイラにメイファは軽く注意を口にした。
「アイラさま。ここはコールダリィではないのですから、もう少し抑えてお願いします」

 言いながらメイファもため息を落とす。……もう救いようがないほどに、この婚約話はダメだ。
 嫌だ、最悪だ、とベッドで暴れているアイラの気持ちが痛いほどにわかる。


 イラテイトの王子バロスは、明らかに、彼女の好みに反していた。人間として。


「……よりによって。って感じですね」
 その声にアイラは動きを止める。うつ伏せたまま唸るような声を出した。

「どんな人でも嫌だと思ってたけど、アレはなあに? お父さまはあたしに死ねと仰るの?」

 枕に顔を埋めるアイラは、これっぽっちも大げさに言っているつもりはない。まさに今の心情そのものなのだ。
 自分で言うように、相手も確かめず断ると言っていたが、まさかこんな、物凄い人物だとは。
 こんな人がいいと言う人がいるものなら会ってみたい。


 ――重い沈黙が流れる。


 メイファは何も置かれていない窓辺へ寄った。外はもう暗い。けれど空には星一つ見えない。
 気分が滅入りそうな中唯一の救いは、夕食の済んだ今、散歩にでも誘いに来ない限り、 今日はもうあの王子と顔を合わせることはないだろう、ということ。

 散歩と言ってももう秋というこの季節。常識があるのなら無理に誘いはしないだろう。
 ……と言うか来ないで、というのが少女二人の切実な願い。

 それに今日は疲れただろうからゆっくりしてくれ、という感じのことも言っていたし。
 ……ついでに言うと、本心から、心の奥底から、ゆっくりしたいと思い、同行の者も下がらせている。


「あの、オルスさま」


 扉に寄りかかって座った騎士は、メイファの声に反応を返さない。
 いや。彼は座り込んでから一言も発していないし、それどころか身動きすらしていない。

「オルスさま?」
 黒髪の青年の、その金茶色の瞳は、一体今何を映しているのだろう。
 床の一点を見つめているようでいて、それは確実に有り得ない。――どこか遠く。

「アイラさま……」
「もう、しょうがないわねぇ」

 尋常ではないオルスの様子に、メイファは助けを求めた。アイラは面倒臭そうに、 けれど自分も心配なのだろう、素早い身のこなしでベッドからするりと降りて歩み寄った。
 オルスの顔の前で手のひらを動かす。
「オルスー。おーい。帰ってきなさーい」

 ……………変化なし。

 やっぱりダメかと呟くと、両肩をつかんだ。揺すろうと思ったのだ。瞬間――

 少女の手は振り払われ、オルスの手が剣の柄に掛けられた。
 驚きに声も出せず息を呑んだメイファだったが、オルスははっと我に返り身を引いた。
 珍しくバツの悪そうな、申し訳なさそうな顔で、謝罪の言葉を口にする。

「ごめん…なさい。すみません。……今、ちょっと……」

 アイラは驚いた様子ではあったが、怖がったりはしていず、平然としていた。
 彼女の傍に来たメイファは、彼女が座るのを見て自分もオルスの前に座った。

「近頃調子悪そうね? あまりにも無理そうなら先に城に戻ってもいいわよ?」
「オルスさまらしくないですから。……大丈夫ですか?」

「……うん。大丈夫」
 オルスはそう笑うが、その顔にはいつものような少しとぼけた感じがない。疲れたような微苦笑。

「それよりオレ呼んでたんだっけ? 何?」
 あくまでもいつもの如く言うオルスに、二人は視線を交わしながらも常のように言葉を返す。

「皆さんも遅いのですが、ホーリスの帰りが遅くて……」
 みんな――騎士たちはオルス以外、この国にあるという軍隊の元を見学も兼ねて訪ねている。 出て行ってからの時間が少し長いが、彼らのこと、心配はないと思える。
 問題は彼らの後に水をもらうと出た侍女だ。

「見て来てはもらえないでしょうか……」
「ホーリス?」
「そう。一人で出歩くのは危険だって言ったのに……」

 オルスはう〜んと唸る。
「でもオレ、アイラさまの傍にいるようにってブレスさんに言われてるし……」
「ですよ、ね……。それじゃあ私が行きますから、その間アイラさまをお願いします」

 言うが早いかメイファは立ち上がる。が、オルスが「ダメ」と止める。
「そんなことしたらルークさんとレイシアに怒られる」
「そーよ。あたしも許さない。……けど、心配よね……」


 どうしよう。どうする。……繰り返し。




 言い合っているうち、扉がノックされ―――――。












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