「あなたが我が国におられるなんて夢のようだ!」
――イラテイト城で与えられた部屋に戻っての一言目が、これ。
「なーにが夢のよう!? 悪夢よ! あたしにとって!!」
ほとんど毟り取るように髪飾りを外し、ベッドへ倒れこむ。そんなアイラにメイファは軽く注意を口にした。
「アイラさま。ここはコールダリィではないのですから、もう少し抑えてお願いします」
言いながらメイファもため息を落とす。……もう救いようがないほどに、この婚約話はダメだ。
嫌だ、最悪だ、とベッドで暴れているアイラの気持ちが痛いほどにわかる。
イラテイトの王子バロスは、明らかに、彼女の好みに反していた。人間として。
「……よりによって。って感じですね」
その声にアイラは動きを止める。うつ伏せたまま唸るような声を出した。
「どんな人でも嫌だと思ってたけど、アレはなあに? お父さまはあたしに死ねと仰るの?」
枕に顔を埋めるアイラは、これっぽっちも大げさに言っているつもりはない。まさに今の心情そのものなのだ。
自分で言うように、相手も確かめず断ると言っていたが、まさかこんな、物凄い人物だとは。
こんな人がいいと言う人がいるものなら会ってみたい。
――重い沈黙が流れる。
メイファは何も置かれていない窓辺へ寄った。外はもう暗い。けれど空には星一つ見えない。
気分が滅入りそうな中唯一の救いは、夕食の済んだ今、散歩にでも誘いに来ない限り、
今日はもうあの王子と顔を合わせることはないだろう、ということ。
散歩と言ってももう秋というこの季節。常識があるのなら無理に誘いはしないだろう。
……と言うか来ないで、というのが少女二人の切実な願い。
それに今日は疲れただろうからゆっくりしてくれ、という感じのことも言っていたし。
……ついでに言うと、本心から、心の奥底から、ゆっくりしたいと思い、同行の者も下がらせている。
「あの、オルスさま」
扉に寄りかかって座った騎士は、メイファの声に反応を返さない。
いや。彼は座り込んでから一言も発していないし、それどころか身動きすらしていない。
「オルスさま?」
黒髪の青年の、その金茶色の瞳は、一体今何を映しているのだろう。
床の一点を見つめているようでいて、それは確実に有り得ない。――どこか遠く。
「アイラさま……」
「もう、しょうがないわねぇ」
尋常ではないオルスの様子に、メイファは助けを求めた。アイラは面倒臭そうに、
けれど自分も心配なのだろう、素早い身のこなしでベッドからするりと降りて歩み寄った。
オルスの顔の前で手のひらを動かす。
「オルスー。おーい。帰ってきなさーい」
……………変化なし。
やっぱりダメかと呟くと、両肩をつかんだ。揺すろうと思ったのだ。瞬間――
少女の手は振り払われ、オルスの手が剣の柄に掛けられた。
驚きに声も出せず息を呑んだメイファだったが、オルスははっと我に返り身を引いた。
珍しくバツの悪そうな、申し訳なさそうな顔で、謝罪の言葉を口にする。
「ごめん…なさい。すみません。……今、ちょっと……」
アイラは驚いた様子ではあったが、怖がったりはしていず、平然としていた。
彼女の傍に来たメイファは、彼女が座るのを見て自分もオルスの前に座った。
「近頃調子悪そうね? あまりにも無理そうなら先に城に戻ってもいいわよ?」
「オルスさまらしくないですから。……大丈夫ですか?」
「……うん。大丈夫」
オルスはそう笑うが、その顔にはいつものような少しとぼけた感じがない。疲れたような微苦笑。
「それよりオレ呼んでたんだっけ? 何?」
あくまでもいつもの如く言うオルスに、二人は視線を交わしながらも常のように言葉を返す。
「皆さんも遅いのですが、ホーリスの帰りが遅くて……」
みんな――騎士たちはオルス以外、この国にあるという軍隊の元を見学も兼ねて訪ねている。
出て行ってからの時間が少し長いが、彼らのこと、心配はないと思える。
問題は彼らの後に水をもらうと出た侍女だ。
「見て来てはもらえないでしょうか……」
「ホーリス?」
「そう。一人で出歩くのは危険だって言ったのに……」
オルスはう〜んと唸る。
「でもオレ、アイラさまの傍にいるようにってブレスさんに言われてるし……」
「ですよ、ね……。それじゃあ私が行きますから、その間アイラさまをお願いします」
言うが早いかメイファは立ち上がる。が、オルスが「ダメ」と止める。
「そんなことしたらルークさんとレイシアに怒られる」
「そーよ。あたしも許さない。……けど、心配よね……」
どうしよう。どうする。……繰り返し。
言い合っているうち、扉がノックされ―――――。
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