「こんにちは」
アイラが柔らかに微笑む。
「わざわざ出迎えて下さってありがとうございます」
――イラテイト城フロントホール。
城に入った途端現れたのは、次期城主のバロス=イラテイトだった。
「いえ、アイラさまがお越し下さったのですから当然です」
銀の髪に青の瞳。左の目元にほくろ。――ああ、この人見たことあるなぁ、と思い出した。
そういえばパーティで何度も顔を合わせている。ダンスにも誘われた。それに……何よりごく最近、
実は遭遇しているのだ。相手は知らないが。……知っていたらヒジョーに困るが。
「面倒をお掛けして……申し訳ありません」
「いえいえそんな。あなたは遠い所をいらしたのですから。大変だったでしょう」
「はい……本当に遠いのですね。隣国だというのにこれほどとは。
他国へ出ることのほとんどないあたしには初めての経験でしたわ」
少し照れたように、実は疲れたのだと口に出さずに言うアイラに、バロスは目を細めた。
しかし先の台詞に含まれた彼女の心の声を、彼は知らない。
あれは本音半分、といったところか。残りは嫌味のようなもの。
要約すると「遠いんだよバーカ」であろうか。
彼女の心にこれっぽっちも気付かぬバロスは、にこやかに――アイラが言うにはいやらしい、
それも彼女にだけ向けられている――コールダリィからの王女一行を案内した。
一行とは、当然のことながら4人の騎士、ブレス、ルーク、オルス、レイシアと側近のメイファ。
それに加えて侍女、従者等数名。
バロス王子に微笑を浮かべてついて行きながら、アイラは内心で盛大なため息を吐いていた。
面倒なことこの上ない。なんでこんなことをしなければならないんだ、と。
――それもこれも、お父さまのせいよ!
「お父さま。お話があると聞いたのだけど?」
部屋に入ってくるなり不機嫌さをあらわに問うた娘に、王は僅かにたじろいだ。
――アイラは子供たちの中でも一、二を争うほど気が強い。
自分勝手なワガママばかり言うわけではないので忘れていることも多いが、こういう時、無理にでも思い出させる。
彼女だけではないけれど。現コールダリィ王の子供たちは、何故かそろって頑固な所がある。
普段はおとなしい五女でさえも、本当の心は曲げなかった。皆が皆、自分を偽ることを許さない。
……それはとてもいいことだが。
「とりあえず座りなさい、アイラ」
「座ってもいいけど、あたしは、絶・対・に、承諾なんてしないわよ」
「言い切らんでも……」
「嫌なものは嫌。一生の問題じゃない」
不機嫌モード全開のアイラは、それでもソファに腰掛けた。促されてメイファも隣に座る。
「それで?」
真っ直ぐに気持ちをぶつける――目付きが怖いぞと父は思った――アイラ。
王は圧されそうになる心を自ら誤魔化して、ゴホンと一つ咳払い。
「……お前と結婚を、と言う方がいてな、まずは婚約ということに――」
「お父さまは何てお答えになったの?」
「まだ考えていないと言ったのだが、どうしてもと言われて……」
「で?」
……沈黙。見詰め合う形になる父と娘。そこにため息が一つ。
白く細い手が伸びてアイラの肩に触れる。けれど彼女は振り向きはしない。
「お父さまをいじめるのはやめなさいよ、アイラ。わかってるクセに」
「レイナ姉さまはね、他人事だからいいわよ。あたしまだ16になったばかりよ? それに……」
膨れっ面で言うアイラに、ため息と苦笑が返る。
薄茶色のふわふわした髪に緑の瞳と、その二人はとてもよく似ていた。
アイラのすぐ上の姉レイナと、そして彼女たちの母である王妃だった。
「わかってるわよ、何を言いたいかくらい。気持ちだってそうよ」
「だけどね、アイラ。あなたは成人の儀を受けたのですから。わかりますね?」
二人して言われなくたってわかっている。今も耳に緑の石を貼り付けているのだから。
だけど。
「だからって素直に受けられるわけないでしょう?」
堂々巡りになりそうだと悟り、――さすがは姉と言おうか、アイラの性格は承知済みなのだ――
レイナは身を乗り出すようにしてアイラを見つめた。
「どうしても嫌なら直接あなたが彼の国を訪問してお断りなさいな」
――そして今に至る。
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