妙な気配を感じ、オルスは部屋中見回した。
――ここの所ずっと感じている。気配。視線。
見慣れたそこには、大しておかしいと思えるものはなく、けれど何かあると感覚で知る。
常に帯びている剣を何気なく抜き、刀身をあらわにする。
手入れをしていると見えるよう気をつけ、視線はそのままに気配を探る。
―――――。
突如襲い来たナイフを難なく叩き落すと、次に向かって来たのは小柄な人影。
家具と天井の間にでも身を潜めていたのだろうが、それを気取られぬとは。
人影の放つナイフをかわし、喉元を狙う短剣をいなす。そのまま逆に剣を突きつけ、冷めた瞳で見据える。
「殺されたいのか?」
感情の一欠片も混じってはいない声に、相手の喉がゴクリと鳴った。意識してその姿を見て、それがまだ子供なことに気付く。
灰色の髪に同色の瞳の少年。―――いや、少女か。
「オレを狙うなんて、お前には無理だ。まだ小さすぎる」
「馬鹿にすんな! 俺はこれでも傭兵志願なんだぞ!!」
「どう見てもただのガキ。志願なだけでまだなんだろ。そんな細い腕じゃ人を殺せない」
剣を収めたオルスを、少女は睨み付ける。
「子供を無力だと思うな! 大人なんて馬鹿ばっかじゃないか!」
「否定しないけど、オレは大人のつもりはない。成人はしてるけど」
成人している。と言ってもまだ17歳になったところで。成人の儀を受けてから、あと数日でちょうど一年になる。
大体そんな形だけの式を済ませただけで大人と言われてもたまらない。見た所この子供は10ほどだが、そうだとしたら七つしか違わないではないか。
それとも七つ違えば充分大人に見えるのか。
僅かに呆れの含まれた台詞に、少女は唸る。
「それに俺は人殺しがしたいわけじゃない。英雄を守るんだ」
――何のことだか、オルスにはさっぱりだ。
守るとは? そのために自分を狙う?
(オレ、英雄とかって奴なんて知らないし)
思わず素で考えてしまったが、本当にわからない。
この子供は何か勘違いでもしているのだろうか。人違いだろうか。
ベッドに腰掛けて立ち尽くしている少女を見遣る。と。
「武器をしまうなんて甘いな。俺はまだ他にも持ってんだよ」
冷や汗を流しながらも目の前にナイフの切っ先を向けてにやりと笑う少女の表情は、その台詞を終えた頃には変化していた。
「そんなこと知ってる。甘いつもりもないんだよ。命は惜しいから」
「――――い、つのまに……」
喉にあてられたひやりとしたものは、確かめずとも明らかに剣。
手はナイフを叩き落された衝撃で痺れている。
全く、わからなかった。動きが、見えなかった。
「剣なんてすぐ抜ける。油断したのはそっちだったな。オレは武器を手放したわけじゃない」
そして続ける。初め、抜いてから跳びかかられるのを待ったのは、その方が力の加減を調節出来るから。間違っても殺してしまわないように。
自分にとってはどうでもいいことだが、城内で騒ぎを起こしたくない。
「オレの力も知らずに何しにきた」
淡々とした声は不安をあおり、金色に光る眼に射られ、少女はくず折れる。
身体が震える。こんなはずではなかったと、頭の中、声がこだまする。
「ゴルダさまを、狙っている者が、いるって……」
オルスは目をみはった。今、この少女は何と言った。
聞き間違いか。そうであってほしい。いや、そうであるはず。
「ゴルダ……?」
「そうだ! 俺らの英雄! ゴルダ=ガルーゼンさまだ!!」
言葉を脳が処理するまで、随分と時間がかかったように思えた。
口の中で反芻(はんすう)する。耳の奥の方が、痛いくらいにキーンと鳴っている。
――ゴルダ=ガルーゼン。その名は。
オルスは叫んでいた。
「奴は死んだ!!」
――褐色の髪と目の男。
「殺したんだ! もうずっと昔に!」
10になる頃だ。確かに。この手で。
……少女は青白いままに口を開く。
「何を言ってるんだ……? あの方は、英雄は、」
ありえないと思った。今でもはっきりと思い出すことが出来る。奴からほとばしる血の、胸の悪くなる、生温かさ。
熱を失い、冷えていく体。
目の前がぐらりと揺れたかに感じた。五感は正常に働いているはずで、立ち尽くす彼の視界が揺れるはずがなかったが、彼は実際に倒れそうになっていた。
耳鳴りがうるさい。うるさいのに、その言葉は妙にはっきりと聞こえた。
「ゴルダ=ガルーゼンさまは、生きている」
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