第12話 宝剣と王子
「宝剣、ルビリオン」


 城内にしては狭い部屋。まるでそのためだけに存在するかのように、内にそれを守る。
 白一色で囲む。その中央の、また白い石で造られた国紋入りの台の上に、ガラスケースに入れられ置かれている。

「宝剣……これが?」
 ガラスケースを覗き込んだアイラは、仮面の中からそれをじっと見つめる。
 シライザはくっと笑う。
「やっぱ見えねぇよな、そんな大層なモンだなんてよ」

「やっぱり?」
「どういう意味ですか?」
「あー……前に一度だけ見たことがあってな」

 今でも覚えている。はっきりと。ふんぞり返ったような態度をした少年がそれを手にしているのを見た時、 同じく少年であった自分は逆上して掴みかかったのだ。
 俺たちのことを知りもしないくせに。
 クルシイとかカナシイとか、ツライとか、そんな簡単なこともわからないくせに。子供を捨てた最低なヤツの子のくせに。

(こんな物、欲しくもなんともなかったけど、奪い取ろうとしたっけな。そうでもしないと……俺は自分を許せなかった。
 守るどころか不幸にしてしまいそうで。無力は同じって言ってくれて、嬉しかったんだ。―――――エイル)




 ガラスに手をかけ、シライザは力を込める。ガシャンと音がして、たちまちガラスは砕け散った。
 それとほぼ同時に、大きな音を立てて扉が開かれる。
 ―――血走った目をした男を先頭に、わずか数人の兵士。


「何者だ、貴様ら!」
「盗賊」
 丁寧にもオルスが答える。が、前に立つ男はますます苛々とした表情を見せる。

「なぜ盗賊が我が城を狙う! ここは宝物庫ではないぞ! 目的は何だ! どこの国の者だ!!」
 銀の髪をしたその男は声を荒げたまま近づいてくる。追い詰めたと思っているのだろう表情だ。
 仮面の一行は少女たちを背に隠すように立つ。

「この国の者だよ、俺は」
 一人顔をあらわにしたままのシライザの言葉に男は不快そうな、信じていないような顔をする。
「何!?」

「んでもって目的はご覧の通り―――」
 男は驚愕に目を見開く。盗賊という男の手にしている物は。

 そんな馬鹿な。呟きがもれる。
「ルビリオン……? それには呪いが……私でも触れられぬ呪いがかかっているはず……」
 シライザはにやりと笑む。

 男もその背後に立つ兵士たちも、吸い付けられたかのように国の宝である短剣を見つめている。
(呪いだなんて大げさなものじゃないと思うんだがな。ま、気を引けてるみたいだし、丁度良いか)



 チラリと六対の瞳と視線を交わし、シライザは呟く。
 走れ。適当に走れば、お前らなら逃げられる。と。
 ためらいもなく頷くと、六人は一斉に駆け出した。男たちが我に戻って振り返った頃には、すでにその姿はなかった。

 銀髪の男は舌打ちし、目の前の盗賊を睨み付ける。が、そんな視線を難なく受けとめ、シライザは短剣を弄ぶように指で回す。
「わざわざ出てきてもらって何なんだけどよ。そろそろ俺もおいとまさせてもらうわ」

「そうですかとでも言うと思うか」
「いーや。普通に考えてそれはないな」
「おとなしく牢へ入るなら。手荒なことはしないでやってもいいが」
「ンなこと言ってるわりには目ェ、血走って見えるんだけど」

「下賎の輩(げせんのやから)に言われたくはないね」
「あーそーですか、我らが王子殿下」
 そのシライザの言い様に、男――王子は剣呑な光を目に宿す。
(この男、何者だ。なぜこうも平静でいられる……)



 シライザの手が動きを止める。
「そこ、どく気ない? 言っとくけど捕まえようだなんて思わない方がいいゼ。何が起きようと構わないなら、別だが」
「貴様に何ができると言う?」

「城吹っ飛ばすぐらいは」
「まさか」
 嘲笑する王子。だがシライザから余裕の笑みは消えない。その態度に、王子も表情を変える。

「まさか……」
 言葉にしてみると先ほどと同じ。だが今度は、信じていない意味での、鼻で笑ったそれとは違う。

「魔導使い……」
 静かな、けれど確信を持った呟きに、兵士たちにも動揺が走る。


 ―――禁忌の力を持つ者が、なぜ。


 そう考えれば辻褄が合う。
「アストーク……?」
 信じられない面持ちで王子はその名を口にする。

 そういえば、中途半端に伸ばされた髪は―――――銀。

「誰だよソレ。――俺はシライザ。ただの盗賊だ」
 呆然とした王子をそのままに、シライザは口早に呟く。


「集まれ、今ここに溢れんばかりの光、掌中へ。瞳の契約によりて――――弾けろ!」


 目も眩む光がシライザの手のひらから放たれ、王子も兵士も目を覆った。








 視界が戻った頃には、小さな部屋の中、守るべき物を失い割れたガラスの破片しか残っていなかった。

「申し訳ありません、王子……」
「我らが不甲斐ないばかりに……」
 掛けられる兵士の声も、謝罪の言葉も、耳に入りはしなかった。

(あの男、私の名を知っていた。民が知るはずのない、王族の名を……)
 イラテイトでは国王と妃の名は国中で知られるが、王子や王女などの名は、代々公表されることはなく伏せられている。
 何かで必要な場合は、愛称や通称となるものを用いる。この男ならば、バロス、と。

 ―――あばよ、アルバトロス。

 やはり、と彼は思った。
 幼い頃、与えてもらった短剣が嬉しくて、宝であるというのに持ち出したことがあった。
 祭典の終わった頃で、人の流れもまばらだった。街まで出たところ、二人組の少年に出会った。

 自分と年の変わらない彼らを使いにでもしようかと声を掛けたところ、嫌な目で見てきた。
 腹が立って短剣を抜くと、一人が刃の部分を素手で掴んで奪い取ろうとした。
 もう一人がなだめ、おとなしくなったが、何事かを呟いたかと思うと、剣が、ルビリオンが発火した。

 従者がなんとか持ち帰ったが、以来触れようとすれば手を焼かれる。
 事の顛末を話すと両親が共に大き過ぎる反応を示すものだから、何か知っているのかと問い詰めた。
 なかなか話そうとしなかったが、ねばって聞き出した。


 ―――アストークという名を。


 初めて知った事実。兄がいた。それも、禁忌の子。


「父君に報告を」


 青い瞳は、何かを企む者特有の色を浮かべていた……。












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