第10話 禁忌の子
 ――誰、か……一人は、やだよ……。


 城の奥に人知れず囚われ、涙する少年がいたことを、国の人々は知らない。
 知っていたとしても不安に思っただろう。王らのように。


 ナゼ禁忌ノ子ガ―――――。










「――ザ。シーラーイーザっ!」


 まだ耳慣れたとは言えない少女の声に、意識が引き戻される。
「…………あぁ悪ィ、ボーッとしてた」
 もう、とアイラは頬をふくらます。その様子に苦笑して、壁に預けた背を僅かに動かし、シライザは話を振る。

 ……ここは彼の言う"王子"の家だ。主はまだ出掛けたまま。

「そういや城の方は大丈夫なのか?」
 コールダリィの城を黙って出てきたことを知っている彼にとって、当然の問い。

「大丈夫……でしょう」
「何だよその曖昧な笑みは」
 目を泳がせ、ついには余所を向いてしまったアイラに代わり、メイファが答える。

「侍女の一人に任せてきましたから。でも―――」
 苦笑してアイラの顔を覗き込む。レイシアもそっくりな顔を同じような表情にしている。
 その向こうではオルスが家捜しでもしているかのように色々な物を手にとって見ていた。

「戻ったら謝らなければなりませんね、アイラさま。今頃きっと慌てているでしょうから」
「ホーリスは、ねぇ……しっかりしてはいるけど、ドジなとこもあるのよね……」
 一つ年上の侍女。知っている中では唯一の赤毛の少女だった。アイラは侍女の中では彼女と一番仲が良く、親しかった。

 メイファも侍女の仕事をしてはいるが、彼女は例外。側近でもあるのだから。
 ホーリスが慌てて走りまわっている姿が容易に想像できて。
 笑み交わされるその様子に、シライザは微かに苦く笑う。


 ――同じように生を受けた少女が、幸せそうに笑っている。


 ふっと息を吐き、机まで歩みその上に紙を広げる。
「説明する。いいな」
 問いではなく、確認。
 頷きを目にし、シライザは口を開いた。






 いつもどうしてか分からなかった。
 なぜ苦しまねばならないのか、理解出来なかった。


 ――ただ、諦めて。


 魔導の力は、大抵どの国でも嫌われている。
 "得体の知れないもの"
 自分にはなくて。大多数の人にはなくて。……一握りの存在。だから嫌うのか。

 人間とは弱者を疎外する生き物だ。
 はっきり言って、魔導使いは弱いとは言い難い。むしろ逆だろう。しかし、故に忌み嫌われている。

(ばあさんは、死んだ。じいさんもそうだ)
 貧しい暮らしではあったが、辛いと思ったことは一度もない。


 ――家族がいたから。


 兄弟とも言える、それに限りなく近いと思う少年を、守りたいと、思った。
 父も母も病でいなくなった後もずっと傍にいてくれた、祖父母がいなくなってからも、その思いは強くなった。

 今思えば変なじじばばだ。可哀想だからといって、赤の他人の子供を、 もしかしたらバレて殺されたかもしれないというのに、連れ帰るだなんて。
 しかしまぁ、彼らのおかげで、今があるのだ。自分たちは一人にならずに済んでいる。
 そう。二人きりでいるのは寂しいこともあったが、決して嫌なものではなかった。

 ――ただ、時折見せる切なげな、哀しげな表情が気になった。
(あいつは、いつも全てを背負い込もうとする。ためらわずに……)
 自分のせいかとも思ったが、どうせ訊いても否定するに決まっている。……いつだってそうなのだ。
 だから決意した。出来ることを全てして、彼を幸せにしよう。いつも以上に笑ってくれるよう。……それが望み。

 近隣の国々の中でも、最も酷い国だ。他人とは違う能力を生まれつき持っているというだけで迫害されるに等しい扱いを受ける。
 まともに育つのは、どれくらいの確率か。
 あくまでも噂だが、聞いた話によると、この同じ力を持った者を、敬い崇める国もあるという。


 ――なんという違いだろう。


 そんな国だったならば、こんな苦労もせず、家族もまだ生きていて、幸せに暮らしていたかもしれない。
 ……考えても無駄なことだ、時間が戻せる術があり、その国に行くことが出来るとしても、自分はそんな道を選ばない。
 それではあいつと会うことが出来ない。傍にいられない。そんなことは、選択肢にすら挙げられない。挙がらない。

 隣国でも王家と繋がりのある血筋に魔導の力を持った子が生まれたと耳にしたのは、成人して数年の後だった。
 少しだけ、自分たちと近い部分があるんじゃないかという気持ちが生まれ、気になった。
 けれどそんな噂が流れるということは、ひた隠しにしているわけではないということ。


 この国とは違うのだ。


 ――嬉しいように思ったが、すぐに悔しいという思いが勝った。
 同じような生まれで、何故こうも違いが出来るのか。
 正直憎くも思った。苦しんだ自分が、苦しんだ家族が、よぎってそう思わせた。

 過去を変えたいわけではないけれど、そう思ってしまうのは仕方ないのだと思う。
 自分も、家族も、あいつも、悪いわけではないのに、何故自分たちは、と……。

 だけど。
 本人に会って。少女に会って。


 ――苦しみは等しく存在すると知った。


 カタチは違うけれど。重さも違うと思ってしまうけれど。
 彼女は彼女で苦しんでいて。きっと涙することもあるだろうと感じて。
 憎いだなんて心は溶けていった。




 今は、幸せを、願いたいほどに――












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