昔々、ある国に二人の王子が在りました。
「遊んでないで普通に話しなさい」
御伽噺風に話しはじめたシライザを、アイラは苛立ちながら睨め付けた。
シライザはつまらなさそうに「ちぇっ」とだけ口にし、一呼吸してから再び話し出した。
「ここイラテイトには二十と何年か前に王子が二人いた。歳はさほど離れていなかったが、教育や扱いに差は大きかった」
……シライザに連れられ来たのは、アイラたちの国コールダリィの隣国であるイラテイトのとある街だった。
「うちとは違う国ね」
「……よくあることだね」
差などなく平等に愛情を注がれ育てられた自分の境遇から、嫌な感じの国だと言う風に顔をしかめるアイラとは逆に、
いたって普通なオルス。
跡継ぎとそれ以外の子供に対しては多少なり差が出るのはよくあることなのだ。
アイラとその兄姉たちがそうでなかったというだけで。
しかしその声にシライザはチッチッと人差し指を振る。
「他国と違ったのは、兄弟のそれが逆だったってことだ」
「逆?」
「ああ。立派な教育を受け、家臣らに愛想を撒かれ育ったのが弟。相手にされなかったのが兄」
それでも生きていて。死ぬことを考えつくことも出来ず。笑うことも許されなかった。
唯一と言ってもいい、許されたのは涙――
「兄王子はいつからか監禁された。捨てられたも同然だ、実の親である国王夫妻にな」
そんな、と少女たちが呟く。ルークはすでに聞いていたのだろう、無言で目を伏せ、
乾いた口で何故と問いを発したのはレイシアだった。シライザは薄く笑う。
「魔導使いだったからだよ」
魔導使いだったから。その言葉に、メイファが息をのんだ。
皆そんな彼女を気遣わしげに見遣り、シライザは緑多い木に背を預けて続ける。
「本人はもちろん、王やその存在を知るものたちは全て、その王子はそこで死を迎えるものと思っていた。
が、―――王子が七つの時にそれは起きた」
いつもと同じ朝、いつものように監禁場所である古びた塔の部屋に世話を任されていた
下女が訪れた時、その声に周りはやっと異変に気づいた。
「そこにあるはずの王子の姿がなかったんだ」
困惑し、探せと吼える王。――魔導の力を使って消えたのだと結論に達していたのだと思う。
王は焦った。一人のはずの王子が、実際は禁忌の力を持つもう一人がいるなどと、
国中に、または他の国々に知られるわけにはいかない、と。
しかし数刻が経過しても行方は知れず、夕刻には「捨て置け」と短く王は口にした。
……下女の言葉に、それもそうだと思ったようだ。
この広い国の中、十にも満たない子供のことだ、一人では生きて行けまい。きっと野垂れ死ぬだろう、と。
「実際は、その王子は召使い――庭師の家に居て生き延びた。その庭師は下女の夫で、
孫と歳の近い王子のことを他人事とは思えず、二人で連れ出してたってわけ」
アイラは、はへ〜っと息を吐く。何か……自分の国との違いどころではないではないか。
「ってことは、今も生きてるのね? 王子は」
「ああ、元気元気」
でもそれで何、と首を傾げるアイラに、その王子絡みのことらしいとルークが耳打ちする。
「盗みが!?」
自分でも思った以上の声にはっとすると、肩眉をわずかに上げたシライザと目が合い、誤魔化すようにアイラは笑う。
……今いる広場でも、すぐそこの市場でも、人は多くいたがその分賑やかで、こちらのことを気にしている者はいなかったが。
「――目的の物は、国宝と呼ばれるような物だ。代々、第一王子に与えられる物なんだが、
話した通り、すべては弟の物になったから……な」
「……そう、まあわかったわ。でも――」
「なんでお前がそれを欲するんだ?」
なぜか不機嫌そうなレイシアの声。
「王子本人の手にあるべきだと思って。弟の方は―――――ムカツクし」
……アイラは思わず笑った。他の皆も目をぱちくりさせていたり、そっぽを向いて肩を震わせていたり。
この男も普通の感情を持っているのだと、当たり前なことを気付いて。
「なんだよ」
子供であったなら頬をふくらませているだろう男の様子に、アイラは目尻に浮いた涙を指先でぬぐう。
あくびをかみ殺していたはずのオルスはまだ笑い続けている。……たぶん笑う感覚が他とは違うのだろう。
「な、なんでもないですよーだ」
王女らしくない、とてもそうとは思えない言動に、メイファは沈んでいた気持ちも忘れて額を押さえる。
しかし疑問があったため、その気持ちも切り換えて口を開いた。
「でもシライザ? あなたは王子とどんな関わりが……」
「俺? 俺は――」
「王子。とかって言うんじゃないでしょうね」
「――今言おうとしてたんだから先取りするなよ。間違ってるしよぉ」
軽く睨んで見せ、シライザは足元の小石を蹴り弾く。
「それで?」
「俺は、王子の、親友だ」
「………」
誇らしげに言う男に向けられる、無言の、うさんくさそうな眼差し。
ブレスまでもがそのような表情に見える。
「なんだよ、その反応はッ!」
「うそっぽーい」
視線ではなく今度は言葉にしたアイラの台詞に、シライザは苦笑してその銀の髪をかきあげる。
「ま、いい。とりあえず移動するか」
歩き出すシライザの後を追い、6人もその場を後にした。
……晴れやかな空。どうにもピクニック日和である。
――飴色の髪を後ろで一つに束ねた青年。
古びた建物の角、隠れるように立つ男が目を向ける。
「ほら、あれが王子だ」
言って視線で示したのは、小さな石造りの小屋から出てきた華奢な印象の青年。
同じように道の向こうを覗くアイラは、その人物が近所の人々と親しげに話しているのを見遣る。
「……幸せそうじゃない?」
見た目はな、とだけ答えたシライザは、青年が遠く離れて行くのを見つめる。
「……ねぇ」
「ん?」
「なんで声かけないのよ」
アイラの言葉にシライザは一瞬詰まったように見えた。
「――王子サマはどうにもキムズカシ屋でね」
つまりこのことは彼の独断ということ。
青年の後ろ姿を見えなくなるまで見送り、小屋に入るようアイラたちを促した。
入ったその中は、質素ながらも大切にしてあるらしく、清潔に見えた。
何気なく花も飾ってあることから、心優しい人物ではなかろうかとうかがわせる。
シライザは木で出来た四角いテーブルに手をつく。
「これが王子の暮らしだなんて、信じられるか?」
目に付く物は、何もかもが使い古されている様子。
――腹立たしい。
「自分が王子だと知らなければ幸せだって言えただろう。だけどあいつは知っている」
暮らしの貧富より、何より。
我が子を捨てる行為――
「耐えてはいても、恨んでいるはずだ」
存在すら認めてもらえずに。
……シライザは唇の端だけを持ち上げた。
「これは―――」
復讐。
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