第8話 fool or gentle
「本当にすみませんでした!」
 そう言って頭を下げるメイファに返ったのは、いくつかのため息だった。


 ――朝食の後、皆はアイラの部屋に集まっていた。
 赤い絨毯の上で大きなクッションを抱えたアイラは、もういいと手を振る。

「無事だったんだしね、メイ」
「そうですよ。何事もなかったんですから」
「一番心配してた人たちの言うことかしらね〜」

 アイラの笑いを含んだ声に、レイシアとルークは顔を見合わせて笑った。
 メイファとオルスもつられて笑い、ブレスだけがいつもの通り微妙にしか表情を変えなかった。


「王女、あの男のことはどうする」
 静かな一言に、アイラは壁に背をもたせかけたブレスを見上げる。
 あの男とはもちろんシライザ。盗賊であり、以前この城にも盗みに入った男。魔導の力を持ち、何故か力を貸すようなことをした。

「どうしようかしら……」
 アイラは微妙な笑みを浮かべる。

 ――現在、シライザは賓客として城に居付いている。
 まだ一夜明けただけだが、今度は城に対し「気に入った」発言をしている。

「面倒なことじゃないかしら。……追い出しちゃおっか」
「アイラさま……」
「冗談よ、一応」
 はっきりと「やめろ」と言わない所を見ると、気持ちは似たようなものだったのかもしれない。

 ――オルスがあくびをしながら言う。
「あの男は簡単には退かないから無理。約束を果たすまでつきまとってくる」
「……だから冗談だって言ってるでしょ……」

 想像が容易く、しかもそれはうんざりさせるものだった。
 アイラはクッションに顔をうずめ、オルスは近くにある椅子に腰掛けてルークを見る。
 その視線の意味に気付き、ルークは口を開いた。

「そろそろ私の話をすることにします。シライザとの契約を―――」






「盗賊騒ぎ、行方不明などの事件について調査していた私は、そこでシライザに出会いました」
 身構えると戦意はないと口にしたその男を、それでも信用することは出来ず、事件に関与しているのかと詰め寄った。すると、

「彼は自分の館へ私を招待すると言ったのです」
 何故。
 警戒していると男は苦笑し、静かに口を開いた。

 ――話が、ある。

 眉をひそめながらも承知し、ルークはとりあえずその話を聞いてみることにした。
「私はその言葉に応じ、彼の後について行きました」
「歩いて?」

 出された問いにルークが頷くと、アイラは首を傾げた。
「昨日みたいに魔導の力は使わなかったの?」
「ええ。あいつが魔導使いだということはその時聞いたのですが、その力で移動することは私が拒否しました」

 どうして、と頭に"?"マークを浮かべるアイラに、「簡単には信用出来るような相手ではないですから」と答えた。
 ――本当は、彼女以外のその力に身を任せたくなかった、というのもあるけれど。

 ルークは、主の傍らに座って自分の話に耳を傾けている少女に目を向ける。
 視線が合って、気恥ずかしさに何気なく目を逸らしながらも、やはり嬉しくて微笑みを浮かべる。
「そして彼の館……アジトと言った方がいいでしょうか。そこで話を聞いたのです」

 石造りのその部屋は、広く無機質だった。
 必要最低限のものはそろえられていたが、ただそれだけ。盗品らしきものもなく、高価そうなものも見当たらなかった。

 ――こんなこと、本来なら頼めないってことくらい分かってるんだ。
 そう話しはじめた。


「内容は簡単に言って"盗みの協力"」


 ルークの言葉に、アイラたちは驚きの表情を表した。
 ぼそりとオルスの声が、面白そうと呟いていたが。

「盗みって……そんなの勝手にすればいいじゃないか……」
「うん、まぁ……私もはじめはそう思ったよ、レイシア」
 今回のことは一人では難しい。けれど失敗するわけにはいかない。
 そう言ったシライザは本当に真剣な瞳をしていて、契約を交わしたのはそれもあったからかもしれない。

 ――条件も用意してある。
「条件は、二度とこの城への危害を加えないこと。……ですか?」
 メイファの声に、肯定も否定もせず、曖昧な笑みを見せる。

「――条件を示された私はその話を断ることができず、契約を交わしたのです」
「んー……。とりあえず、その契約までの流れはわかったわ」
 侍女によって運ばれてきた紅茶に口をつけながらのアイラの言葉に、周りも頷く。

 ……あとは内容の詳細。それと、その話の後の空白の時間について。
「詳しいことは、また本人が話すと思いますので」
 それから、と続けようとするが、ルークは少しためらいを見せてから口を開いた。

「契約後すぐに戻らなかった理由は、ちょっと……シライザと言い争っていて……」
 気まずげに言うルークに、もしかして、とアイラは言う。
 ――協力してほしい。ルーク一人じゃ……。
 あの男が言っていた、それだろう。

「ルークはあたしたちを巻きこみたくなかった。けど、あの男はそれを聞き入れなかったのね?」
「――――――――――はい」
 クッションの上から目だけをのぞかせたアイラは、抱えたそれを、ルークの顔面めがけて投げた。下を向いていたため見事にヒットする。

「さっさと帰ってきなさい。余計ややこしいことになったでしょう、まったく」
「………すみません」
 うなだれるルークを、少女の声が呼ぶ。顔を上げると、メイファが微笑んでいた。

「ありがとうございます。私たち皆のことを考えてのことなのですから。でも―――」
「馬鹿」
 メイファの後を引き継いだアイラが切り捨てる。

「って言うわよ、あたし。あたしたちがあなたを一人で行かせると思ってたの?」
「………言われると思いました」
「当たり前でしょう。馬鹿」

「ルークさんは優しいから」
 オルスの言葉にメイファとレイシアが同意する。
 アイラは肩をすくめ、一気に紅茶を飲み干す。立ち上がり、沈黙していたブレスに声をかける。


「あの男の所に行くわよ、ブレス」
「ああ」
 メイファ、レイシア、ルークも立ち上がる。ワンテンポ遅れて「よいしょ」とオルスも腰を上げる。

「話だけでも聞いてみなくちゃね」












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