第7話 帰ろう、みんなで
「俺はルークスティン=イレイク一人が来ればそれでよかったんだがな。こんなぞろぞろと」
 ご苦労なことだ、と馬鹿にしたように笑うエーヴィにシライザはため息を吐く。
 こんな馬鹿の言うことなんか気にするなという風にシライザは手を振り、アイラを促す。

「エーヴィ、だったかしら。メイファを返して」
「ルークが俺と戦って勝ったら、返してやる」
 エーヴィの視線を受け、ルークは一歩進み出る。しかしアイラは彼を遮り、行かぬようにと。眼差しは真っ直ぐに相手に向けられたまま。

「あたしたちに戦いの意思はないわ」
「……そーは見えないけど?」
 その言葉に彼女はちらりとルークを見るが、彼は特に変わった様子を見せていない。レイシアも同じ。誰のことを彼は言っているのだろうか。

 男を睨むアイラの手がそっと誰かに触れられ、「王女」と低く小さな声がした。
「我々がヤツを抑える。王女は――」
「いいえ。……ルークとレイシアの方がいいわ。でも……」
 囁き交わすものの、あの男には全てが筒抜けになっているように思え、何も行動に移せず。


 睨み合い。

 空に星が瞬き始めた。


 ――風を切る刃。エーヴィが受け止める。


 刃を、剣を止めた手を振り払い、オルスは地に降り立つ。
 空白は一瞬のこと。アイラが呆然としている間にルークは地面を蹴って跳び上がり、ブレスは彼女を木の陰へ押しやってから参戦する。
 オルスはすでに第二撃を繰り出していて、ルークの一太刀に続いた。

 レイシアは逡巡の後、アイラの手を取って建物の方へと駆けた。
 騎士たちは戦いながらもそのことに気付いたが、制止する理由は無く、また、 ここでこの男を抑えていれば二人に害は及ばないと考え、彼らはより一層攻撃の手を強めた。

 レイシアとアイラはメイファが捕らえられているらしい部屋の真下へ着き、見上げていた。
「三階……」

 どこから、と見回すも入り口らしきものなどなく、二人は顔を見合わせた。
 登れるかなぁ。呟くレイシアの顔は本心の「無理だろうな」という思いを映している。

 アイラは仲間たちの方を振り返った。
 途端剣が飛んできて、彼女は「きゃあっ!!」と頭を抱えてしゃがみ込んだ。
「もう何―――――!!?」

「「アイラさま!」」
「王女!!」
 振り向き駆け寄ろうとするブレスたちを、エーヴィは妨げる。

 炎を繰り出し宙を滑る。剣を振り斬りかかる。
 数のこともあって善戦するも、相手は魔導の力を使う。
 ブレスは背後へ声を投げかけた。

「レイシア! 王女をッ!!」
「は、はいっ!」
 戦いが続く方向から遠ざけるように、アイラを立たせたレイシアは彼女を壁際へと近づける。それから先ほど飛んできた剣を引き抜いた。


 ――これは自分たちのものではない。
 手にした感覚で、そう理解できる。だったらこれは、あの男のものなのか。
 夜闇のせいで視覚はあまり利かない。慣れれば動くのに不自由ということもないが。と、仲間を見遣る。

 ――こんな中でも十分に戦っている仲間たち。それに比べて自分はどうだろう。
 レイシアは沈み込んでしまいそうな気分を断ち切り、再びアイラと考えを巡らす。

「――…あれっ?」
 ふと引っ掛かったものがあり、レイシアは顔を上げる。
 何?と首を傾げるアイラに軽く頷いて見せ、夜空に視線を向ける。目的のものを見付け、その人物の名を呼ぶ。

「シライザ!」
 ……反応は無い。
 仕方なく無理矢理に心を静め、気を集中し、力を声に込める。焦ってはいけない。

「シライザ」

「!?」
 ――届いた。
 シライザがレイシアを見下ろす。驚いた表情のまま数瞬の沈黙。
 アイラは二人の顔を交互に見、また首を傾げる。

「お前……?」
「聞きたいことがある。あの男のことで。……いい、ですか?」
「………ああ」

 だが、とシライザは続ける。「俺の質問にも答えてもらう」と。
 レイシアは無言でもって承知の意を表し、ほとんどそうだと確信している問いを口にする。

「エーヴィは、術を使うのに、媒体を用いている?」
「正解、だ。……俺の――」
 質問は、と見返りに答えを求める問いを、わかってます、とレイシアが遮る。

 何かを言おうと口を開いたレイシアは、けれど顔を青白くしていて、体は傾いていった。
 アイラが慌てて支えるが、そのままの勢いで背を壁に打ち付ける。彼女は微かにうめき声を上げたが、しっかりと立ち、地面にレイシアの体を横たえた。
「―――ま……こ、えを……」

 小さな小さな、囁きかのようなくらいの声を耳に止め、アイラはレイシアの口元に耳を近づける。
 ――声を。みんなへ。
 なんだろうと思った彼女だったが、聞いていくうちに理解し、わかったと立ちあがった。
 真っ直ぐに戦いの中へと声を投げる。


「媒体を破壊しなさい!! その男の身に着けている物よ! 術を封じて!」


「「「了解」」」
 ブレス、ルーク、オルスは、その体勢のまま、その動きのまま、鋭い視線を走らせ剣を振る。摩擦によってか火花が散る。


 ――決着は意外なほど早くついた。










「もういいでしょう!? メイファを返して!!」
 アイラはエーヴィを睨み上げる。その目に見えるのは、夜空に浮く人影だが。
 今も宙にいるその男からは、もう余裕ある声は聞こえない。



 ――エーヴィは左手に一つの指輪をはめていた。それを介し、炎を放っていた。

 そのことをレイシアに見ぬかれたのだ。
 オルスの一撃で指が飛び、手は血に染まった。他にも媒体となるものがあったかもしれないが、男は戦いから離れた。



「聞こえているんだろう! メイファさんを返せ、エーヴィ!」
「………誰がッ」
 憎しみに満ちた視線を感じる。しかし、そんなことで怯む彼らではない。

 憎しみ、憎悪、嫌悪。そんなものには慣れている。なんらかの動きが無い限りは平気なのだ。
 またも睨み合い。
 大分回復したようで、レイシアも見上げている。ブレスとルークはまだ剣を掴んだまま。オルスもすぐ引き抜けるよう手をかけている。


「いーい加減にしろよ、エーヴィ? 引き際は肝心よー?」
 シライザの言葉にエーヴィがうなる。
「ンだと!? 裏切ったヤローに言われたかねぇ!!」

 おんや、とシライザは意外そうな顔をする。
 エーヴィを見、ぽりぽりと状況にそぐわぬ様子で頭を掻く。

「裏切りねぇ。心外、…てかさぁ、お前、俺のこと仲間かなんかだと思ってたワケ?」
「ああ!?」
「……違う、のか……?」

 エーヴィも、そしてアイラ、ブレス、ルーク、オルス、レイシアも、シライザの言葉に驚きを表した。程度の差はあるが。
 シライザは微かに人の悪い笑みを浮かべる。
「ナニ。お前らもかよ。……ルークまで?」
 ため息を吐き、少々呆れた表情で。


「俺は誰にも従わない。誰の命令も受けないし指示もされない。味方なんてものにもならない。
 俺は、今までも、これからも、自分の味方ではあるけれど、他のヤツの味方になるつもりなんかない。
 分かるか? 手を組むことはあっても仲間になることはない。だから」

 目はエーヴィに留められている。意地の悪い笑み。

「裏切りなんてありえない」


 静まる。
 風だけが吹く。
 ……身勝手なやつ。そう思うこともできない。それほどの強さがシライザの言葉にはあった。

 誰も動かないのを見て、シライザはパチンと指を鳴らした。
 なんだ、と見ると、その男は人差し指を動かした。
「呼んでやれ。魔導の陣は解けてる」

 レイシアははっとして建物を見上げる。
 ブレスとルークはシライザに、エーヴィにはもう何もさせないという言葉を聞いて、やっと剣を収めた。


「メイ――――!」
 促されてレイシアはメイファを呼んだ。続いてアイラも叫ぶ。
「メイファ! 聞こえてるの!? 出てきなさいよ!!」

「迎えに来ました、メイファさん!」
「みんないるんだよ!? アイラさまも、すっごく心配してたんだから」

 レイシアの言葉に「暴れるほどにな」とブレスが付け加える。うるさいとアイラは怒るが、さらにオルスも。
「本当のことだよね」
「今そういうこと言わないの!」
「じゃあ後で」
「ちーがーうーでーしょー!?」
 言い合いなんかを始めてしまう二人。マイペースなオルスVS怒りモード突入手前のアイラ。

 ルークが呟く。同じ気持ちを込めて、レイシアとともに。
「メイファさん、帰りましょう。みんな一緒に」
「帰ろうよ……メイ……」

 アイラがキッと睨み上げる勢いで顔を上げる。


「帰るわよ、メイファ!!」


 ――光りが走った。

 一瞬の後、爆音が轟き、建物はその一角が綺麗なほどに消え失せていた。
 ……空から少女の姿が。


 手を伸ばし腕を広げる。風の抵抗に髪は乱れるが、気にする者などいない。
 溢れる笑顔と涙。
 真っ直ぐに、仲間たちの元へ―――――――……。












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