第6話 壁に蔦 宙に敵
「きゃっ!」
 アイラがしりもちを付いた。何もない空間から落ちたような状態になったので、バランスが取れなかったのだ。
 続いて数瞬の差で、ブレス、レイシア、ルーク、オルスが順々に現れる。さすがと言うべきか、レイシアが足を滑らせかけた以外は見事な着地だった。

「ここどこなのよ」
 支えられて立ち上がりながらのアイラの問いに、男の声が答える。
 いつのまにか、辺りは夕日に照らされている。

「俺のアジト。んで、あっちがエーヴィのいるとこだ」
「アジトって……なんでこんな堂々と……」
「でっかいなー」

 そこは、何故盗賊がこんな屋敷を、と思うような大きさの建物だった。三階建てで、本館の他に棟が二つ。一目見ただけではわからないが、材質も良いようだ。
(……って言うかさ、アジトって隠れ家のことじゃなかった……?)
 堂々としている方が見つかりにくいとは言うけれど……。

「一番奥の棟、三階の向かって右の端。そこにあの魔導使いがいる」
「メイファよ! ……あそこね?」
 アイラが指したのは少々古くも見える石造りの建物で、蔦が壁を這っている。

 ……何か、違和感を覚える。

 首を傾げていると、また声が降ってきた。
「どうした。早くした方がいいんじゃないか?」
「……そうだな。アイツもこっちに気付いているはずだし」

「それじゃあ何かしてくるかも」
「そういうこと」
 ルークはブレスを見る。ブレスは頷いてアイラを。彼女もまた確かめるように頷いた。

「行きましょう!」











 メイファは落ち着かない様子で男を見遣った。
 男――もちろんエーヴィだが、かれこれ八時間はここにいる。
 この暗い空気に耐えられなくなり、メイファは問う。

「いつまでそこにいるつもりですか」
「一日中」
「……私にはプライバシーというものが存在しない、と?」

「……来るんだろ」
 その言葉にメイファは小さく息を呑む。瞳は"敵"を見据えて。
 頬にかかる髪を払い、微かな笑みを見せる。

 不信に思うのも当然だと思う。
 メイファはドレスに手を置く。何故か紫色のもの、自分には似合わないなと思う。

「……いか?」
「えっ?」
 思考から一気に引き戻されて頭を上げると、エーヴィと目が合った。その瞳からは何も読み取ることは出来ない。

 ――風のように掴めないあの男、シライザとは違う。けれどエーヴィの心の内は陰に包まれているようで……。
 分かるのは、"悲しい"人なのだということ。自らを滅ぼしかねない道を選ぶほどに人を憎んで。

「聞いてなかったのか。なんで今まで逃げようとしなかったんだ?」
 先ほどとは問いが違う、となんとなく思う。さっきはきっと、聞いてもいいか、とまず言ったのではないだろうか。
 メイファはゆっくりと瞬き、少し視線を落とす。
「無理です、私には。そういった術は……」

 今まで必要に感じなかった。ただ、戦う力がほしかった。
 大切な人を守るために使える力。それだけを得られればいいと思った。アイラやレイシアを傷つける者を倒せるよう、 弱さを垣間見せてくれるルークや、今まで優しくしてくれた人たちを守れるよう。大好きな、何よりも大切なみんなと、一緒に生きていけるように。

「変なヤツ」
 メイファは驚きに目を丸くした。
 その言葉が意外にも笑みを含んでいるように聞こえて。

 ――エーヴィが立ち上がって外を見た。陣を描いた壁を通して。

「そろそろか………」











「メイファー。どこだ――?」


「オルス……?」
 突然大きく声を出したオルスに、アイラは怪訝そうな目を向けた。
 広い、ひろーい庭は静かで、その声は響いていた。

「なんでいきなり叫ぶんだよ……」
「やっぱり…何考えてんのかわかんない……」
「どーせ気付いてるならいいんじゃないかと思って」

「そういう問題じゃな〜い!!」
 声を荒げるアイラにブレスは声をかける。

 空は黄昏時。

「王女」
「何よブレス」
「王女も十分声がデカイ」

「―――――――っ」
 アイラは拳を握って下を向き息を吐き出す。
 そして勢いよく後ろを振り向き、深く、吸えるだけの息を吸い込んだ。


「メイファー! 出てきなさーい!!」


「あ、アイラさま、何を……」
 レイシアは戸惑っている様子で、ルークは呆気に取られていたが、やがて声に出さずくすくすと笑い出した。
「だあーって、やっぱりあたしたちには似合わないし。もういいんじゃない?」

 いつもと同じ空気が流れた。
 ブレスは黙って立っているし、オルスはなぜだか空を見上げているし。

「あたしたち"らしく"いなくちゃ」


「何やってんの、お前ら」
 シライザが呆れ顔でそこに現れていた。やはり宙に浮かんで。
「あんたこそ、どこに行ってたのよ」

 声は、会話はしていたが、姿はなかった。
「んー? ちょっとな」
 どこか遠くを見るような目をして彼は笑った。
 その銀であるはずの髪が夕日に妖しく輝いて見えた。


「シライザ」


「エーヴィ……!」
 ルークの表情が一変した。瞳に怒りを見せ、雰囲気は冷たい氷片をまとう。
 オルスは無言で、レイシアは不安そうに、シライザと対峙するような男を見上げる。
 アイラは肩に軽く手が置かれるのを感じた。それはやはり幼い頃からの護衛、ブレスで。


「仲間を返してもらいに来たわ」


 辺りの薄暗さに負けぬ、強い意志ある声だった。












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