第5話 不機嫌な王女さま
「で、場所は?」


 オルスの問いは当然のものだった。
 メイファを救出に行く、と言いながらそれすらも知らないのでは話にならない。
「る、ルーク……?」
「もちろんわかっています。ですがその前に……シライザ、いるんだろう」

 中空に向かって声を投げる。
 城を抜け出てすぐの場所。そしてその木の上……だろうか。

「やあーっぱりバレてっか。――ルークさま?」
「やめろ」
 姿を見せた男――シライザに、ルークはその嫌悪感を体中で表しているかのようだった。
 嫌がっているのは言葉であって本人ではないとわかっているようで、当人は嬉しそうだが。

「ルーク……?」
「申し訳在りません、アイラさま。しばらく待っていてください」
 いつも以上に真剣な様子の彼に、アイラは口を閉ざさずをえなかった。
 疑問はいくつもあったが、全て後回しになるだろう。

「で、何の用だよ」
「それは」
「こっちの台詞だってか。――案内、ほしーだろ?」

 見つめてくる。閉じられた左目とは別の瞳で。
 何もかもを見透かしてしまいそうな瞳。

「……ああ。頼む」
 シライザは木から地へと降り立った。











 水音が幾分心地良く、また幾分はその逆に感じる。
 浴槽に沈んでみる。嫌な気分をいくらかでも紛らわせられるように。

 早く、早くいつもの生活へ戻りたい。

 信じている……というわけでもないのだが、どうも嘘だとは思わなかった。あの男の言葉を……。
 ――朝目覚めたメイファの元に、一人の男が訪ねてきた。
 未だ記憶に新しい、あの盗賊だということはすぐに分かった。

 不思議なことに、大して驚きはしなかった。何の用だろうと思っただけだった。
 そんな彼女に騎士たち五人が来ることを伝えた男は、すぐには立ち去らなかった。
 メイファは彼の言葉に、アイラも含まれていることに気付く。

 男は入浴を勧め、笑った。
 心が晴れるような、そんな笑い。
 ……その時、不覚にも泣いてしまった。
 この数日の間だけで、感情を外へ出すことを忘れていたようだと気付いた。

 ――物思いを断ち切るように、勢いをつけて立ち上がる。
 タオルを体に巻き付けて呟く。


「もうすぐ……――」













「よくよく考えればおかしかったんだよなーあ」


 オルスの肩の上に手を置いたままの状態で宙に浮き、滑るように進むシライザが言った。
 彼が言うには、メイファは彼のアジトの別館のような所にいるらしいとのこと。
 そのには彼の(とりあえず一応は)部下であるエーヴィにあてられた一角があるのだという。

「最近行動が妙だなとは思ってたんだけどよ」
「あのー、それより……」
「お前ら疲れねぇ? 歩いてばっかでさぁ?」
 これは誤魔化されて……いるんだろうか。「俺は魔導の力が強いから」とかなんとか言い続けている。


「そ・お・じゃ・な・く・っ・てぇ!」


 我慢の限界なのか、アイラが声を荒げて立ち止まった。
 長時間歩き詰めなのも不機嫌の原因かもしれない。なんてったって、仮にも一国の王女さまである。

 木の下で一休みしようという騎士たちの気遣いによる提案は、すぐさま却下される。
 我らが王女さまは開き直っている様子である。
 休みたいと思っているのは……マイペース主義のオルスくらいのものか。

「なんで協力してくれるのよ」
「………協力してほしいから」
 八つ当たり気味に発せられたアイラの言葉。しばしの沈黙の後に返った答えは、意味の理解し難い言葉だった。

 はぐらかされているのかとも思ったが、相手はいつになく真剣な眼差しだ。
「えっと……?」

「そのことなんですが。……アイラさま」
 ルークの声がアイラの思考を遮断する。
 こちらも負けず、真剣そのもの。

「全てはメイファさんを救い出してからですが……一時、騎士の任を解いていただきたい」
「え……」

「あ゛あ゛!? ちょっと待て、ルークス!」
「ルークだよ」
 不快そうに眉根を寄せる。その名で呼ぶのはすでに他界した祖父くらいのものだった。

「どうでもいいって! 大体"ティン"ってのが記号で名前はルークスだろう。 兄貴がいるのか弟がいるのか一人っきりか知らねーが、兄弟がいたらみんな"なんとかティン・イレイク"ってんだろーが」

「兄弟も姉妹も私にはいないよ」
 一息に言い切るシライザには苦笑するしかなかった。父親は確かに"グラジオティン・イレイク"という名なのだ。
 彼の家系独特のもので、男のみにつけられる印のようなもの。……記号とも言える。

「あーもーだぁから! ンなことされっと困んの、俺はぁ」
「契約はしたが、皆を巻き込むつもりはない」
 きっぱりと言い放つ。その頑なな態度に、シライザは彼に言い募ることを諦める。

「もういいよ、らちあかねぇ。……王女。あんたに頼む」
「シライザ!」
「だからなんのことなのよ」

 全然理解できない。説明も何もないのだから当たり前だ。突然話を振られても答えられない。
 困るだけだ。ブレス、オルス、レイシアも同じような気持ちなのが顔からしてわかる。

「……詳しいことは後で話しますが、私はこの男とある契約を交わしたのです。ですが私はそれを一人で果たしたい。―――わかってください」
「一人じゃ無理だ。力は認めるが……」

「―――話を聞いてから考えるわ」
 ため息しか出てこない。内容は全くつかめないが、多少の危険があることは確かだろう。
 城に戻ってから、ちゃんと聞いて、じっくりみんなで考えよう。とりあえずはそれが一番良さそうだ。

「わーかった。じゃ、とっとと行くか。俺としても、早く済ませるにこしたことはないからな」
 諦めたような、けれどどこか楽しげな笑みを口元に浮かべる。

「ってぇことで! ――我の意のままに、この瞳の契約よ、応えろ!」
「え、ちょっ」
「ちょっと待て―――――……」


 シライザが魔導の力を使った。空間跳躍のそれだ。
 結果、六人の姿はその場から消えたのだった。












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