(心配、してるだろうな……)
レイシアの困惑した顔が浮かぶ。
責められているかもしれない。彼も心配していた、その人から。
「考えてても仕方ないよね……」
ため息とともに暗い気分も吐き出してしまう。
床の模様に手を置き、そっと指で線をなぞる。
――これは陣だ。
エーヴィという男にとらえられて数日が過ぎた。
あの時あの男が使った陣は、空間移動だけでなく、能力(チカラ)を奪う効果もあったようだ。今でも術は使えない。
この陣を中心に、部屋いっぱいに張ってあるのだ。そしてその上で牢の中、という、なんとも丁寧な、用心をされた状態にある。
「メシだ。姫サマ」
トレーを運んで来たエーヴィがそれを床に直においてから陣を確かめる。
彼は元々魔導使いとして生まれたわけではないため、陣を張ってしか力を使うことは出来ない。そのことを、メイファはこの数日で知っていた。
忌み嫌われているはずのこの能力を求めたのには何か理由があるのだろう。知りたいとも思わないが。
「あの、その呼び方やめてくれませんか」
その言葉に彼は片眉を上げる。
「そのカッコやめたら考えてやる」
「嫌……」
「強情」
ドレスを数着あてがわれているが、彼女は今でも最初の服装のままだ。
さすがに鎧というわけではないが、少女らしからぬ格好をしている。
敵に与えられた物など必要無いという意思を態度で示しているのだ。
食事も入浴も満足に出来ていない。
扱いが悪い、酷いということではない。安心出来ないのだ。
睡眠も同じく。
「やっぱりあんたは姫サマだよ」
一口も食べぬメイファにそう言うと彼は出て行った。
もしかしたら根は悪いやつではないのかもしれないとは思うが、どうにも好意は持てない。
それはきっとルークと敵対しているらしいから、だろうけれど。
自然とまたため息が出る。
「どうしようかな……」
ルークはアイラの部屋へと向かっていた。一つの決心をして。
すぐにでも飛び出して行きたい気持ちを抑え、考えた。もう十分だ。
――城に戻った彼は、真っ直ぐに廊下を進んだ。
声を掛ける者は無視された。……もとより彼の近寄りがたい雰囲気から、そんな者は少なかったが。
ノックもせずにドアを開け、振り向く少年の体を勢い良く壁に押さえつける。
「ぐっ…、ルークさ……?」
「なんであんなことをしたんだ、レイシア!」
彼の顔を見てレイシアは理解する。
入れ替わりのことを言っているのだ。そしてメイファは――
いない。
「なんでだよ!」
左肩が握りつぶされそうに痛い。
けれど何よりも、彼を見ているのが苦しい。
心が悲痛な叫びを上げているのが見て取れる。
「ルーク! レイシア!」
「何をしてるのよ、ルーク!?」
ブレスが飛びこんできた。アイラも一緒だ。
「メイファは……」
今来たのか、さっきからいたのか。オルスが呟く。
ルークはレイシアから手を放した。
理性は十分に残っている。彼女の大切さが軽いと表しているようで、それがまた苦しかった。
右から左手で壁を打つ。その上から頭を押し付ける。
「落ち着いて。お願いだから」
静かに言うアイラは近づいては行かない。
何が起きたのか、なぜ彼の心がこんなにも乱されているのか。予想は出来ているから。
「攫われたのか? だからレイシアを責めるのか、ルークさん?」
オルスが彼の心に追い討ちを掛ける。わかっていて言っているのだろうか。
ブレスは黙ってレイシアが椅子に座るのに手を貸す。
目を閉じて、アイラは自分を罵った。
彼女を止められなかった自分。何も出来なかった自分。冷静な自分。
自分が嫌になってしまう。どうしようもない気持ち。
「……わかってる。筋違いなのはわかってるさ!」
目の前で、手の届く距離にいながら彼女を守れなかったのは自分。
誰のことを責められると言うのだ。
「原因だって、俺なんだからな……」
自嘲の笑みが浮かんだ。右の手がこぶしを作る。力いっぱい壁に押し当てている。
この怒りを、苛立ちを、ぶつけるのは壁にじゃない。あの男だ……!
レイシアは目を伏せ、静かに口を開く。
「メイが無事なことは確かです。……何かあったなら、俺には分かるから」
彼女のような力はないけれど、双子だから。ずっと傍に一緒にいたから。
心の一部が繋がっていることを知っているから。
「これからどうするか、みんなで考えましょう?」
アイラがそっと呟くように言った―――。
――ドアを三度ノックする。
予期していたのか、すぐに招き入れられる。
一歩踏み込んで立ち止まる。中には仲間たちもいたのだ。
やはり自分の行動は見通されていたのだな、と思い主の前へと進む。
片膝を付き、頭を下げ、忠誠の姿勢をとる。
「おはよう。よく眠れた?」
顔を上げずとも、微笑みを浮かべているだろうとわかる声だった。
その問いにはあえて答えず、用意していたものを告げる。
「誓いを破ることをお許しください」
「……許しません」
即答ではないものの、アイラはきっぱりと言い放った。
「誓いを破る必要などないもの」
ルークは顔を上げてアイラを見た。
何を、言ってるのだろう。
思うことは同じようで、他の三人も凝視している。
「あたしも行けばいいのよ。そうでしょう?」
「……王女……」
「理屈は…間違ってはないですけど……」
ブレスとレイシアも戸惑っている。
確かに"傍にいて守り続ける"ことが誓いの大元なのだからそれもアリかもしれないが……。
「さすがアイラさま。ナイス」
「「おい!」」
「みんなで行った方がいいと思うよ、オレは。メイファだって安心するかもしれないし」
オルスの言葉にルークは苦笑した。
騎士の任を解いてもらってでも一人で行こうとしていた自分は馬鹿だと思った。
変わらない。いつだってみんなでいたいと思っている。
そのために彼女を連れ戻す。みんなで行って何が悪いという。
「それでは、我が騎士たちに命じます」
四人は主人の前に跪く。
一人で考え込んでいた時とは違い、心に余裕が出来ているのがわかる。
「あたしを守りなさい。そして……自分を、互いを守りなさい」
「「「はい」」」
「誓おう。我らが主を守ることを」
「自らの命を守ることを」
「互いの身を守ることを」
「そして……」
下を向いたまま、けれど確かに全員が笑んだ。
――心は一つだ。
「そして、友を救うことを」
アイラは満足そうに笑った。
空はよく晴れている。
「目的はメイファ=リーヴァの救出! いいわね!!」
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