第3話 二人
「メイファー?」


 アイラの声がその名を呼ぶ。
 淡い色合いのドレスを身に纏った少女は、物陰に身を隠した。
 自分に向けられていることは承知しているが、姿を見せるわけにはいかない。

「んもう! どぉこ行っちゃったのぉ!? 元気になったのかと思ったのにぃ……」
 足音と気配が遠ざかったのを視界でも確かめ、詰めていた息を吐き出す。

「……ホント、無茶苦茶だよ……」
 心臓がどうにかなってしまいそうだ。緊張の連続、もう緊張しか感じてないのではないだろうかと思ってしまうほどに。

 ――俯いたその視界に影が落ちる。
 少女はびくりと体を竦ませ息を止めた。
(気配を、感じなかった……?)

「メイファ?」

 このちょっとはっきりしない独特のテンポにこの声、オルスだ。
 いつからそこにいたのか。まさかこんなところに侵入者もないと思ったけれど、気配を感じなかったことに緊張が走った。だがやはりそんな人間がいるわけはない。
 声を掛けてきたのが仲間だったことに安堵し、けれどまだ緊張を解くことは出来ず、少し顔を上げ、視線を向ける。

「気分でも悪いの?」
 首を横に振り、違うという意思を示す。
「そう? でも出歩けるようになって良かった。レイシアが心配してた」

「そ、そう」
「ルークさんが心配なのはわかるけど、元気出して。それじゃー」
 肩を数度叩き、満足したのだろうか、さっさと去って行った。……この反応はとても助かるものではあるのだけれど。

「なんで……」
(なんで気付かないんだよ、オルスは……!)
 メイファの姿をしたレイシアは、体中から力が抜けるのを感じた。










 響く足音。

 石畳の路地に靴音が鳴る。

「大丈夫……ルークさまは無事だから……」
 自分に言い聞かせるように呟く。

 彼が姿を消してから、弟のレイシアは何度も調べて回っていた。つい先日もそう。結果は変わらずだったようだけど。
 全てを知った上で、二人は入れ替わった。
 二卵性の双子だったけれど、元々顔はそっくりだ。ぱっと見ではわからないはずだ。

「この通りを右に……」

 メイファは彼が消えたという場所を目指している。
 今現在どこにいるのか、全く見当もつかないのだ。
 調査していた事件に関係があるのだろうけれど。


「ルークさま……!!」










「いた――っ!!」


 アイラは叫んだ。
 やっと見つけ出した少女は思いっきり駆け出していた。

「ちょ、待ちなさいよ!」
 慌てて自分もその後を追いブレスを大声で呼ぶ。
 すると二人よりもずっと背が高く大きな男が現れ、口に出されてはいない命令を実行した。

「うわっ」
 白く細い腕を掴み、逃れられぬよう、とらえた。

「やあっっとつかまえたわよ、レイシア?」
 やはり少女の姿のままのレイシアの前に、王女が仁王立ちをしている。

「まったく、どうなっているんだか」
 呆れたような微妙な表情をするブレスを一瞬見つめてから、アイラは視線を移動させる。
 普段あまり表情を見せない彼だけに、それは貴重な場面な気もするが、今はそれどころではない。

「他の誰の目を誤魔化せても、あたしの目は誤魔化せないんだから!」
 ちょっとオーバーだな、と見物しているオルスは思った。
 生活などや、少しではあるが性別の差からしても、全体的に線が違うのだから。

 だが、言葉には出さない。わからなかったのは誰、と言われれば否定は出来ないのだ。あれが本気だったか演技だったかは別として。
 しかしアイラがどうこうという問題でもなく。


(やっぱりバレバレだって。メイ―――……!)










 風が目を覆った。
 どこから現れたのか、一瞬の間に見知らぬ男がメイファの目の前に立っていた。

「誰かと思えば少年騎士殿ではありませんか」

「だ、誰……!?」
 黒い瞳の奥には、憎悪。
 メイファはぞくりと背を震わせる。

「ホーント。なんでお前みたいなガキが騎士なんだか」
「ッ……!」

 ――侮辱。

 レイシアに対してのその言葉にメイファは唇をかんだ。
 男は目の前の彼女に対しての感想を述べているつもりなのだろうけれど、少年騎士はレイシアだ。そしてきっと本人を前にしても同じことを言うだろう。

「アイツが来る前に始末しとくかな」

 アイツとは誰なのか。考えている場合ではない。
 明かに"殺す"と予告する男に、彼女は後退った。
「俺と出会った不幸を恨――」


「エーヴィ!!」


 何、と振り向くと同時に剣を繰り出す。
 死角からの攻撃を防いだのだが、返り討ちにすることは出来なかった。
 剣は激しい音を立てて斬り結ばれている。
 殺気にも似た闘気に、メイファは身を竦ませた。

「くっ……! なんでお前がいるんだよ、ルーク!!」

 そう。そうだ。彼はルークだ。ずっと探していたその人だ……!

「うるさい! 消えろ、エーヴィ!」
「ふん。お前に指図される謂れはない!」

 振り上げた剣を相手に叩き下ろすべく男は跳びあがる。
 しかしルークはそれをかわし、自らの剣で叩き落す。
 そうしておいてから振り向き、青い瞳で見つめる。

「どうして、あなたは……」

 悲しげに揺れる瞳。ともすれば怯んでしまいそうになる。
 ぐっとこらえ、メイファは真っ直ぐに見つめ返す。

「あなたが消えたと聞いて、私だけがじっとしてなどいられるわけがないじゃありませんか。幾日が経っても行方がつかめないなんて」
「だからって……」

 チャンスをうかがうエーヴィを視界の端にとらえたまま、話は続けられる。

「無事かどうか、それだけでもいいから知りたかった」
「………」
 何を言えばいいのか迷うようなルークの沈黙。口を開こうと、したけれど。


「魔導の匂い……」


「「!!」」


 二人は息を呑み、言葉の主を見つめる。
「そういやいるって言ってたな……。あんたがそうか」
 "魔導使い"そう声にせず呟く。
 知らず、メイファは後退った。

「ンなカッコしてっから分からなかったぜ。……ふぅん」
 騎士姿の少女を見ながら一人納得するエーヴィに、ルークは低くその名を口にする。

「エーヴィ……」
「ンだよ」
「失せろ」

 ルークの言葉に男は鼻で彼を笑う。いつもの――知っているお前と違うなと、口にしかけて思いとどまる。
「……そうだな。消えてやってもいいぜ?」
 足元に転がる小石を蹴り弾く。

「どうせだから手土産持ってな」
「まさか……」
 メイファを振りかえり見たルークは愕然とした。

 彼女もやはり驚愕の色を瞳に見せている。
「これ……じ、ん……?」
 目の前の様子、そして彼らの驚く表情に、エーヴィは笑んだ。

 地面に仕掛けられた罠。魔導の陣は完成した。あの小石で。

「こー見えて、俺も魔導使えたりするんだよな」
「エーヴィ!!」

 ――陣が輝き始める。
 発動するのだ、これは。この陣、魔導は。


 空間移動の術。


 メイファは逃れようともがいている。
 声も、すでに遠のいて……。

「姫サマは預かるぜ。返してほしければ俺を殺しに来い、ルークスティン=イレイク!」

「待て! 彼女は関係な――」
「じゃあなっ!」
 言葉だけを残し、すでに姿は消えていた。エーヴィ本人も、とらえられたメイファも。

「そんな……」

 知らず声が零れた。
 泣きたいほどに辛い。胸が、自分が、壊れてしまいそうなほどに。

「……んな……」

 やつは見ているのだろうか、今のこの姿を。
 笑っているかもしれない。
 けれど、そんなことはどうだっていい。




「メイファさんッ!!」












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