第2話 愛しき者の行方




「ルークさまが、消えた……?」






 姉であるメイファの部屋から、レイシアはドアの外へ出た。

 ――これからしようとしていること。
 危険なことだ。してはいけない。
 分かっている。


 大切なものを失う可能性。


 自らの両肩を掴む。震えが、止まらない。
「……だけど俺は…望みを、叶えたい……」 
 メイファの、彼女の望みを。そしてそれが、自分の、望み。

 呟きは、無人の廊下に吸い込まれていった。









 1ヶ月程前から起こり始めた事件。
 盗賊騒ぎ、行方不明者の続出。

 多くの兵士、騎士が調査のため送り出された。
 それはブレスの率いる騎士団も例外ではなく。


 そして――






「報告を。レイシア=リーヴァ」
 国王の声に、片膝をついたまま顔を上げる。

 レイシアの瞳に、不安の色を浮かべた顔が映る。
 自分の表情がそうさせたことはわかっている。それでもレイシアは冷静な顔でなどいられない。
「どうした、レイ――」


「……ルークスティン=イレイクが……消えました……」


「なん――」
 驚愕する国王の声と重なって、少し開いたドアの向こうで何か音がした。
 はっと二人が視線を向ける。

「メ、イ……」
 レイシアの顔が歪んだ。胸が、苦しい。

 そこにいたのはメイファだったのだ。
 足元にはアイラのものであろうか、いくつかの服が落ちている。
 おそらくアイラの部屋へ運ぶ最中だったのだろう。メイファは彼女の侍女も兼ねた側近であったから。

「ルークさ、ま……」
「メイ!!」
 くず折れる彼女の体を、レイシアは慌てて受け止めた。

「メイ! メイ!?」
「レイシア、メイファは……」
「気を、失っているようです……」

 彼は国王に一言だけを告げる。

「すぐに戻ります」







「もう! どうしてメイファが聞いていることに気付かなかったのよ、お父さま!?」
「そ、そんなことを言われてもな、アイラ」

 言葉通りすぐに戻ったレイシアの耳に飛び込んできた親子の会話。
 父は娘の言葉に押されているようで、その目に見ずとも様子がわかってしまう。
 レイシアは扉を押し開ける。

「陛下のせいじゃないですから、アイラさま」
「レイシア」

 責任は……俺にあるから……。

 彼は二人の王族の前に片膝をつき、真っ直ぐに見上げる。
 どこか自分と似た金の髪をした国王とその末娘。

「もう一度調査に出ます。許可をいただきたく思います」


「ダメ!!」


 哀しみの滲むアイラの声。悲鳴にも似た、心からの言葉。
「ダメよ……。あなたまでいなくなったら……!」
 メイファはどうにかなってしまうだろう。

 ――彼女を傷つけたくないという想い。

 国王は娘の肩に、そっと手を置く。震えを少しでも抑えてやりたいと思ってだろうか。それともレイシアの言葉をきちんと聞いてやれということだろうか。

「アイラさまの言いたいことは、わかってます。きっと、気持ちは同じだと思うから……」
「レイシ――」


「メイファを守りたいんだ!」


 ――これは一つの賭け。


「俺は……メイファのことならなんだって知ってるつもりだし、そうでありたいと思ってる。
 だから……だから、ルークさんを見付けたい。見付けなきゃならないんだ……!」


 彼女の想いがどれほどのものか知っているから。

 みんなでいる時間が、自分も大好きだから。


「必ず、戻っておいで」
「王さま……」
「信じてはいるが無茶はするな。お前は我が子も同然なのだから」

 約10年だ。親を亡くし、王という称号を持つこの親族に引き取られてから。

「レイシア……」
 アイラの呟きの中の心配げな響き。

「大丈夫」
「ん……頑張って」
 立ち上がって微笑んで見せる。

「うん。"姉さんたち"に心配されてばかりじゃ嫌だからね」









「何してるんだよ、メイ!?」


 調査の許可を得る条件として、寝食は城ですることになっていたレイシア。
 彼が再び調査に出始めて四日。訪れた部屋で、彼はそこの主の姿を見付けられず、中を見回した。
 そうしてその姿を見付けると、すぐに駆け寄った。

 バルコニーの手すりギリギリの所に立っていた実姉。その肩を掴む。
 そこから電気のようなものが走るが、それは予期していたこと。痛みを耐え、メイファを支える。
 ……冷え切った体。青白い肌。

「メイ!!」
 腕を払いのけようと動く彼女を無理にでも座らせる。
 顔を覗き込んで息を呑む。


 ――瞳が淡く輝いている。


 緑の瞳の中に青い紋様。
 一瞬であったが、あれは紛れもなく、魔導の印。

「使うなって……言ってるじゃないか……!」
「……たし、は……れしか、できな……ッ……」
 呼吸が速い。失った酸素を体内に取り入れようとしているのだろう。
「もういいよ……もう……」






 魔導の力を用いた術である遠視。そして探魂。
 その力を使うと彼女は疲弊する。それがわかっているから、いつも使わないようにと話し合っていたのに。
 けれどそれらをもってしても見付けることが出来なかった。大切な人。
 彼女にとって、それがどんなに辛いことか……。

 自分が消えればよかったとは思わない。そうであっても彼女は苦しむだろうから。
 だけど、代わりたいと思うのも事実。
 大切な人を守り抜く力が欲しい。けれど今は叶わぬ願い。

 ――だから決めたんだ。

 せめて彼女には自由に動いてもらいたい。
 このままでいては心が壊れる一方だから。もう……見てはいられないから……。

 彼を見付けたい想いは、同じだから。












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