第1話 王女、16歳の誕生日


 シーライス歴693年7月21日
    ある少女が生を受けてから16年目のこと








「お誕生日おめでとうございます」
 少女のために開かれた16度目の誕生日を祝うパーティに招かれた男は、そう挨拶から始めた。
「ありがとうございます」
 この男は誰だったろう、と思いながらも少女―――アイラは笑みで返す。

 いい加減うんざりしてきているため、その笑顔もぎこちない。
 もう何人もの人と同じ遣り取りをした。……つまらないのだ。

「16歳になられたそうですね」
「え、ええ」
 何を言うかは分かっている。分かっているだけに不快だ。
「では成人の儀を――」


「申し訳ございませんが」


 アイラのすぐ傍からブレスが声を掛ける。
「王女にはまだ御客人がいらっしゃいますので」

 失せろ、と言うのだ。言葉よりも、表情と雰囲気が。

 男―――隣国の王子は剣呑な光を瞳に宿す。
「すみません」
 重ねてアイラに言われ、仕方なく言葉を押し出す。
「い、いいえ。それではまた。失礼いたします」






 はぁぁっっ、と盛大なため息を吐いたアイラは、会場の人々に視線を向けたまま口を開く。
「ありがとう、ブレス」
「いや、王女を守るのは我々の役目だからな」
 ブレス率いる騎士団――と言っても4人だが――は、王女であるアイラの護衛として機能している。もちろん他の騎士としての仕事も日頃はこなしているのだけれど。

「むぅ〜〜っ。あいかわらずよね、ブレスは」
「それはアイラさまもですけど」
 少女のような顔立ちの少年騎士レイシアは、二人の会話に笑いながら加わった。

「役目だとか仕事だとか言って主にタメ口のブレスさんも、確かに変わりませんね」
「でっしょぉ?」
「オルスはどう思う?」

 声を掛けられたオルスはいつもと同じくマイペースに、ちょっとぼーっとして壁から体を離す。
「あー…オレ? ……ん〜別に、なァ……」
 そんな彼から返って来た答えにアイラたちは笑う。

「あなたもあいかわら、ッ」
 ――まだ続くはずの言葉は途切れた。
 辺りが突然暗闇に包まれたからだ。会場全体の電源が落ちたようだ。

「どうして電気が……!」
「いいから動くな! オルス!」
「はい」

 隊長であるブレスの命を受け、オルスは駆け出した。
 会場及び全ての場所。つまりは城全体の電力を管理している場所へと向かったのだ。

「なんなのかしら……」
「……………」

 アイラは呟くが、それを耳にしてもレイシアは何も言えずにいた。
 彼は心配だったのだ。もう一人の仲間……は大丈夫だろうけれど、双子の姉が。
 二人は人々に混じり踊っていたはずだ。それを勧めたのは自分たち……。


 ガッシャ―――ン!!!


 大きな音をたてて割られた窓ガラスの欠片が場内に散らばった。
 人々の悲鳴に重なり、兵士の声が聞こえてくる。彼らも慌て戸惑っているのが分かる。

 ――風をきるような音。
 上下左右に移動しながら音は続く。近づいてくる……。
 ブレスとレイシアは剣を抜く。

「来るか……!」
 と二人が構えた時、ぱっと明かりが付いた。オルスが電源を入れたのだ。
 人々の視界がはっきりすると同時にざわめきが走る。

「王女さま……!」
 遠くで誰かが叫んだのが聞こえた。

「ありゃ、電気ついちまったかー。しゃーねぇ、なッ!」
 言うが早いか、乱入者は剣を抜き、床を蹴り、走る。
 この銀の髪の青年の向かう先にいるのは、今日の主役である王女……。


「待ちなさい!」


 声とともに男の前に現れた人影は、美しい金の髪を二つに結い上げた少女だった。
 彼女は両手を広げ、彼の行く手を阻まんとする。


「それ以上進ませない……。アイラに近づかないで……ッ!!」


 勇敢なる少女の姿に、男は立ち止まり呟いた。

 "勇気は時として命取りになる"

 空いている手で頭を掻き、顔を向け直す。
「殺すつもりはないが、邪魔するなら……どうなるか」


「この身と引き換えに大切な人を守れるのなら、私は迷わない!!」


 ――その、緑玉の瞳。
 意思の強さが、その瞳を色濃く映し出す。
 男はふと笑み、かといって馬鹿にする風でもなく、言葉を続けた。

「そうか……。でも、力の差を考えた方がいい」
 少女は手にしていた剣を前に構える。
 慣れない手つき、それに加えてドレスという動きにくい服装。それでも彼女は向かってくる。

「馬鹿だな……。だけど嫌いじゃない」

 小さく笑って剣を振り上げる。
 ――二つの剣が斬り結ばれる。
 力、技術、体格、経験。全ては男が上。

「やめて、メイファ!!」
「メイ―――…!」

 アイラの、レイシアの、悲鳴のような叫び。
 少女――メイファは微笑む。
(大切な人たちを、自分の手で守りたかったんだけどな……)

 視界を横切る姿を遠くに見る。けれどそれが何であるか認識する暇などなく。
 メイファは剣を握る腕に力を込める。

「俺は強い、ぜッ!!」

 男の振った剣先が少女の白い腕を傷つける。
(やっぱりダメか……)
 まだメイファには剣を上手く扱うことは出来なくて。痛みに歯を食い縛り、言葉を紡ぐ。

「……我が血の香纏いし彼の者に、この瞳に刻まれし契」
「魔導の力!? ってうをッ!!」

 禁忌とも呼ばれる魔導の力を使おうとしたメイファ。けれど発動させることなく声は止まる。
 男に邪魔をされたわけではない。その男の鼻先を彼女のものではない別の剣がかすめていったのだ。
 そしてその刃は、男の首に押し当てられる。

 冷たい炎。

 そう表現できる瞳をした彼は、黒地に金銀白の刺繍という様子。この国の騎士の正装だ。
「ルー……」
 メイファが彼を見上げる。二人の男は動かない。

「退け」
 呟くような声には、けれど強い意志と強制の力を持っていた。
「お前が何者であるかは知らない。知りたいとも思わない」

 盗賊であることは明らかだ。暗殺者という風でもないのだから。
 が、そんなことは今の彼にはどうでもいいことだった。
「だが、今すぐ退かねば殺すかもしれない」

「……主人のために?」
 主人、つまりは王女であるアイラのため。それもある。
 けれど今彼の心を占めているのは別のこと。彼は本心に近いそれを返す。

「仲間を……大切な人を傷つけられて黙ってはいられない」

 少女を傷つけた。メイファは、彼の仲間。アイラを守る者同士。
 彼の様子からその隠された気持ちに気付いたのか、男は軽く笑い、後ろに跳ぶ。
「分かった。とりあえず今回は退くとしよう。だが」

「ルークさま……!」
 出血した腕を押さえたメイファが心配そうに、近くへ行くべきかためらっている。

「あきらめるワケじゃないゼ?」
 多くの足音が雪崩れこんでくる。騎士の、兵士の、足音。
 強い風が吹き込み、彼らの髪を揺らす。


「王女と騎士、それに魔導使い。…気に入った」


「なんだと……!?」
「気に入ったんだよ、お前ら」
 周りを埋め尽くさんばかりの兵士などは気にせず、……まるで何もないかのように続ける。

「俺はシライザ。また遊ぼーゼ?」
 そう言うと数メートルを駆け、兵士も人々も跳び越えて窓へと身を躍らせた。












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